新しいシリンダー
紬希の部屋の鍵を交換している最中に、父が来た。
廊下にしゃがんだ鍵屋が古いシリンダーを外し、銀色の部品を布の上へ並べている。父はその光景を見て、手にした合鍵を握った。
「壊れたのか」
「替えるの」
「まだ使えるだろ」
「使えるから替える」
父は意味を察したらしく、眉を寄せた。
「俺が入ったことを言ってるのか」
紬希は鍵屋に聞こえない声量で答えた。
「連絡なしで入ったから」
「水漏れしてないか見ただけだ」
「留守中に」
「合鍵を渡したのはお前だろ」
「返してと言った」
父は掌を開いた。青いカバーの合鍵が一本あった。
「返しに来た」
「郵便でよかったのに」
「鍵を郵便で送る馬鹿がいるか」
「来る前に連絡して」
「返せと言ったり、来るなと言ったり、勝手だな」
「私の部屋のことだから、私が勝手でいい」
鍵屋が新しいシリンダーを差し込み、何度か回した。かちり、かちりと乾いた音がする。父は作業をじっと見ていた。
「費用は俺が払う」
「いらない」
「俺のせいだと言いたいんだろ」
「払えば入ったことが終わるわけじゃない」
「じゃあどうしろ」
「次の鍵を欲しがらないで」
父は何も言わなかった。鍵屋が動作確認を頼み、紬希は新しい鍵を受け取った。扉は滑らかに開き、閉じた。古い合鍵を差しても、途中までしか入らない。
父が手の中の鍵を見た。
「これはどうする」
「処分して」
「記念に持ってろ、とでも言うと思ったか」
「思ってない」
鍵屋が古い部品を袋へ入れる。紬希は契約書へ署名し、緊急連絡先の欄に隣人の名前を書いた。父の視線がそこへ落ちた。
「俺じゃないのか」
「この建物の近くにいる人にした」
「親より隣人か」
「鍵を持たない緊急連絡先なら、今度考える」
父は古い合鍵から青いカバーを外した。金属だけを鍵屋の廃棄袋へ入れ、カバーは自分のポケットへしまった。
「連絡先だけなら、鍵はいらないな」
「うん」
父は玄関の外へ一歩下がった。新しい鍵を見せろとも、一本よこせとも言わなかった。
紬希は扉を閉め、内側から施錠した。父がまだ外にいる気配はしたが、ノブは動かなかった。
新しいシリンダーの最初の役目は、父を締め出すことではない。開けると決めたときにだけ、自分の手で開けられるようにすることだった。