日曜だけの鍵
乃枝の鍵束には、父の家の鍵が二本ついていた。
玄関と勝手口。父は「何かあったら困る」と渡したが、実際には毎朝の新聞回収、冷蔵庫の確認、洗濯物の取り込みまで、鍵を持つ乃枝の仕事になった。
兄にも鍵は渡されていたが、鍵束は新品のように光っている。乃枝の二本だけが、毎日の開閉で縁を白く擦らせていた。父はそれを見て「頼りになる娘だ」と言う。頼られるほど、鍵は重くなった。 朝に行けないと伝えた日、父は兄ではなく乃枝へ三度電話した。持っている鍵の本数が、そのまま責任の数だと思われていた。
日曜の午後、乃枝は父の玄関で鍵屋を待っていた。
「どうして交換するんだ」
「暗証番号式にする。訪問介護の人が時間ごとの番号で入れるように」
父は杖で床を叩いた。「娘が鍵を持っていれば済む」
「済んでない。私は毎日ここへ来るために持ったんじゃない」
鍵屋が新しい錠を取り付ける間、乃枝は冷蔵庫に貼られたメモを外した。〈乃枝 朝七時〉〈乃枝 洗濯〉。父の字で増えた当番表だった。
「私は日曜の三時から五時に来る。その時間だけ、自分の番号を使う。平日はヘルパーさん」
父は「金を払ってまで」と繰り返したが、ケアマネジャーが作った料金表を読むうち、声が小さくなった。
交換後、乃枝の端末に日曜だけ有効な番号が届いた。今までの二本の鍵は、その場で父へ返す。
父が掌の鍵を見て言った。「もう勝手には入れないな」
「私も、勝手に入らない。来る前に連絡する」
父は寂しそうに鼻を鳴らした。「親子なのに」
「親子だから、会う日を嫌いにならない形にしたい」
その言葉だけは、父も否定しなかった。
三時になり、乃枝は新しい番号で一度だけ玄関を開けた。父と二人で羊羹を食べ、五時前に食器を洗う。帰り際、洗濯物には手を出さなかった。明日の訪問介護の予定表が冷蔵庫に貼られている。
外へ出ると、自動で錠が閉まった。乃枝の鍵束には、自宅と自転車の鍵だけが残る。
次の日曜まで開かない番号は、父を締め出すものではない。乃枝の一週間へ、父の家が無断で入り込まないための鍵だった。