早押しより遅い湯気
柿崎一颯のこたつが壊れたと聞き、東條泰雅は半田ごてを持って訪ねた。
「人間関係より先に直す物か?」
「寒いと考える速度が落ちる」
大学のクイズ研究会で、二人は同じ四人チームだった。全国大会の最終問題、一颯は問題文の途中で押し、誤答した。泰雅は配信後の反省会で「お前は答えより自分の速さが好きだ」と言った。その切り抜きが広まり、一颯は大学もチームも辞めた。泰雅は後から投稿を消したが、本人へ連絡する勇気はなかった。
六年後の部屋には、本と宅配の箱しかなかった。一颯は在宅で校正をし、人に会わず暮らしている。こたつのヒーターは点いたり消えたりした。
二人は天板を外し、裏返した。泰雅がテスターを当て、一颯が読み上げる。
「温度ヒューズ」
「正常」
「コード」
「導通あり」
「じゃあ制御基板」
「結論が早い」
一颯はそう言って、基板の端を指した。半田が一か所だけ割れている。泰雅は拡大鏡で確かめ、古い半田を吸い取った。
「最後まで聞けば分かったな」
「今それ言うか」
「問題文じゃなく、回路の話だ」
二人とも笑いかけ、やめた。泰雅は新しい半田を流し、一颯は基板を押さえた。小さな銀色の山が固まるまで、誰も動かなかった。
組み直して電源を入れる。赤いランプが点き、しばらくして布団の中へ温気が広がった。直ったかどうかは十分待たなければ分からない。
泰雅はコンビニのおでんを二つ、こたつの上へ置いた。一颯の好きな大根は片方に二個入っている。
「十分だけ待つ」
「ヒーターを?」
「終電を」
十分後もランプは消えなかった。外では雪が降り始め、終電の時刻も過ぎた。一颯は押し入れから客用布団を出そうとして、埃で咳き込んだ。泰雅は黙って掃除機をかけた。
棚の奥から、昔の早押しボタンが出てきた。泰雅が押すと、もう音は鳴らない。一颯はそれをこたつの上へ置き、玄関の予備キーを上に重ねた。
「先に押した方が使う」
泰雅はすぐには押さなかった。二人で大根を食べ、湯気が薄くなるころ、一颯の方がボタンへ手を伸ばした。鍵は泰雅の側へ滑った。