星喰い鯨の鱗で夜空を繕う
星喰い鯨が最後の北極星を呑み、海から方角が消えた。
漁船も交易船も帰れない。羅針盤は狂い、灯台の光も黒い雲に呑まれる。港では三百隻分の家族が、真っ黒な水平線を見つめていた。食料を積んだ船団まで迷ったため、町の配給も今夜で尽きる。
灯台守カシムは、雲の上で星喰い鯨を仕留めた。
砲弾では届かない相手だった。彼は灯台の光を鏡で束ね、鯨が星と誤認して口を開けた瞬間、その喉へ古い銛を撃ち込んだ。
落ちてきた限定品は《天縫いの鱗》。
《航路指定ドロップ》により、迷った船を帰す品だと初めから分かっていた。だが鱗は掌より小さく、空は世界中を覆うほど広い。
「一枚で、どうやって星空を戻す」
港長が問う。
カシムは灯台の最上段へ登り、回転鏡の中心へ鱗をはめた。
灯を一度、海ではなく空へ向ける。長年『灯台は海だけ照らせ』と守ってきた規則を、自分の手で初めて破った。帰る道が海にないなら、空に作るしかない。
鱗を通った光は細い針になり、暗闇に最初の穴を開けた。穴から白い星が一つ覗く。次に光は糸となり、裂かれた夜空を走った。
北極星。七つの柄杓。南へ飛ぶ鳥。船乗りたちが代々使ってきた星座が、縫い目の順に戻っていく。鯨に呑まれた星は消えていたのではない。暗い腹の中に閉じ込められていたのだ。
星明かりが海面へ道を描く。
沖から、一つ目の汽笛が聞こえた。
続いて二つ、十、百。暗闇を漂っていた船団が、星の道へ舳先を揃えて戻ってくる。燃料の尽きた小舟まで、潮が港へ押してきた。
岸壁では、待ち続けた家族が名前を叫ぶ。返事の汽笛が一隻ずつ鳴り、港の記録係は帰還欄へ、震える手で丸を増やしていった。カシムの妻と娘が乗った観測船も、最後尾で灯を振っていた。
港長は涙を拭いながら言う。
「お前が星を作ったのか」
「いや。帰る場所が見えるよう、空の破れを直しただけだ」
最後の船が入港すると、回転鏡から鱗が外れ、最も明るい星へ変わった。
新しい北極星の下に、鑑定結果が一夜だけ輝く。
【星喰い鯨限定SSR《天縫いの鱗》――全天星図修復・全船帰港、世界初達成】