最後のスクリーンショット
世界が消えていく。
帆澄の足元から草原が黒い格子へ変わり、遠くの町も、空を飛ぶ船も一行ずつ削除されていた。最終ボスは倒した。だからサーバーは役目を終え、三分後に閉じる。
「勝ったのに、全部なくなるのか」
隣にいたNPCの画家リュカが笑う。
「ゲームなら、そういうものだろう?」
帆澄のメニューには、一枚だけ画像が残っていた。
【世界保存用スクリーンショット 1/1】
【撮影した範囲を、一度だけ復元できる】
撮影権は全プレイヤーに一度だけ与えられた。仲間は伝説武器や攻略記録を撮り、帆澄にも最後まで残しておけと忠告した。それでも彼は、リュカが「今日の雲は二度と同じ形にならない」と言った朝、反射的にボタンを押した。ゲームの雲が二度と同じでないはずはないのに、その言葉だけは本当だと思えた。
運営が記念機能として配ったものだ。攻略班はボス撃破の瞬間を撮れと言った。城と宝箱と勝者全員を復元できれば、閉鎖後も戦績を残せる。
けれど帆澄が撮ったのは、冒険初日の朝だった。勝利も称号もない一枚を見て、攻略仲間は失敗だと笑った。リュカだけは「保存とは、価値の高いものを選ぶことじゃない。なくなったら困るものに気づくことだ」と言った。その画家自身も、今まさに足元から消えかけていた。丘の上でリュカが絵を描き、パン屋の煙が上がり、名もない子供たちが水たまりを跳んでいる。敵も宝も写っていない。
「使っても、丘一つしか戻らないぞ」
「十分だ」
削除まで十秒。帆澄は画像を開き、復元を押した。
丘が戻る。朝露が戻る。リュカの絵筆が戻る。撮影範囲の端にいた子供たちが笑い声ごと戻る。
だが復元は止まらなかった。画像の空に映り込んでいた雲が空全体を呼び、パン屋の煙が町を呼び、水たまりに反射した塔が王都を呼んだ。つながっていた景色が、記憶をたどるように次々と再構成される。
削除カウントがゼロになる。
黒い格子は消え、朝だけが残った。
【メインシナリオを完了しました】
【サーバー終了処理に失敗】
【隠しクエスト《勝利画面ではない一枚》達成】
【ユーザーの記録から世界を復元しました】
【本ワールドを《攻略対象》から《保存対象》へ変更します】