最後の一本のテープ
文化祭が終わると、学校中から養生テープが消えた。
案内板、電源コード、暗幕、段ボール。剥がされた緑色のテープが、廊下のごみ袋へ丸く積もっていく。
実行委員の丹羽野実成は、最後の一本を持って校内を回った。
「もう使わないから倉庫へ戻して」と言われたが、半端に残った巻きを返すのが惜しかった。三か月間、困るたび何でも留めてきた。壊れた看板も、開かない窓も、外れた衣装も。
階段の踊り場で、壁の装飾を外している佐原弥子を見つけた。
巨大な紙の花が一輪、どうしても剥がれない。弥子が引くたび、花びらだけが破れた。
「貼ったの誰」
「私」
「強すぎ」
「落ちたら怒るくせに」
実成はカッターでテープの端を切った。
花はようやく外れたが、中央の一枚だけ壁に残った。赤い紙が、夕方の校舎に小さく浮いている。
「取る?」と実成が訊く。
「もう脚立、片づけた」
「届く」
「丹羽野、背伸びしても無理」
「見てろ」
壁へ手を伸ばす。あと数センチ。
弥子が後ろから実成の制服を引いた。
「危ない」
「届きそうだった」
「明日、先生に取ってもらえば」
「文化祭は今日まで」
「紙一枚くらい、明日でも同じ」
「違う」
言ってから、実成自身も何が違うのかわからなかった。
明日になれば普通の学校へ戻る。貼り紙のない廊下、机の並んだ教室。弥子と話す理由も、実行委員会が終わればなくなる。
実成は最後のテープを少し切った。
「何するの」
「残す」
壁の下、手の届く高さへ、剥がした花びらを一枚貼った。上には取り残された赤、下には新しい赤。離れて見ると、二枚の間に目に見えない茎があるようだった。
弥子が笑う。
「片づけになってない」
「明日取る」
「文化祭は今日までじゃないの?」
「だから、明日会う理由」
弥子は返事をせず、テープの巻きを奪った。
反対側へもう一枚、花びらを貼る。
「二人で片づけたほうが早い」
「増やしてるけど」
「明日の仕事」
翌朝、二人は始業より早く来た。
けれど赤い花びらはすでになかった。清掃員が剥がしたらしい。壁には薄いテープ跡だけが二つ残っていた。
実成は残念そうな顔をし、弥子は笑った。
最後の一本のテープは何も留めておけなかった。
その代わり、文化祭の翌朝に二人が同じ場所へ来る約束だけを、きれいに残した。