最後の投影

最終投影の終了から、十分後に閉館だった。

慎吾が客席の忘れ物を拾っていると、最後列に菜摘が残っていた。十年前、二人で見るはずだった流星群の夜以来だった。慎吾はあの夜に貸すつもりだった赤いブランケットを、今も操作室の椅子に掛けている。誰にも使わせないうちに、端が日焼けしていた。

「ここ、今日で終わるんだね」

「老朽化。次は科学館の事務」

「空、見なくなるの」

「仕事ではね」

菜摘は古い紙の入場券を差し出した。十年前の日付が印字され、二枚分の切り取り線が片方だけ残っている。慎吾は待ち合わせに来なかった彼女の分まで、ずっと財布に入れていた。

投影機の操作端末を終了しようとすると、閉館記念で復元された旧イベントアプリが立ち上がった。同行者へ送るメッセージ欄に、未送信の下書きが残っている。

〈母が倒れた。救急車に乗る。行けない。でも、帰れたら必ず行くから、少しだけ待って〉

送信者は菜摘。宛先は慎吾。

「これ」

「会場のアプリなら届くと思った。病院で圏外だったから」

「送信されてない」

「翌朝、確認したらイベントが終わってた」

慎吾はあの夜、閉館まで待った。日付が変わるころ、菜摘の家へ電話したが誰も出なかった。翌週には父の転勤で町を離れた。手紙も住所違いで戻ってきた。菜摘は退院した母を連れて旧住所を訪ねたが、玄関には新しい表札が掛かっていたという。

「お母さんは」

「助かった。でも半年入院した」

「俺は、嫌われたと思った」

「私は、待ってくれなかったと思った」

ドーム内の足元灯が一列ずつ消える。残り六分。

「十年前に届いてたら」

「次の流星群を一緒に見た」

「今夜も見えるよ」

「知ってる」

菜摘は窓のない天井を見上げた。左手には結婚指輪がある。慎吾はそれを見て、持っていた二枚つづりの入場券を一枚だけ切り離した。

「外で見る?」

「今日は家族が迎えに来る」

慎吾は操作室の赤いブランケットを持ち出しかけ、また椅子へ戻した。十年前の寒さを埋める道具は、今夜の菜摘には必要ない。

入口の向こうで、小さな子どもの声が菜摘を呼んだ。

慎吾は旧アプリの下書きを削除し、操作端末を終了した。星が消え、ドームは完全な暗闇になる。

彼は十年前の未使用券を、閉館箱へ落とした。