最後の炭の厚揚げ
店主が炭火を消すための灰を運んできたとき、若い客が店へ入った。キャップを深くかぶり、片手には小さな撮影用カメラを持っている。
「もう焼けませんよね」
店主は炭の赤い部分を見つけた。
「厚揚げ一枚なら」
網へ載せると、表面の油がぱちぱち弾けた。炭の煙に醤油の焦げる匂いが混じり、白い豆腐の中心から細い湯気が上がる。店主は何度も返さず、片面が焼けるまでじっと待った。
客は動画配信を三年続けていた。登録者は増えず、今夜の配信を見ていたのは七人。そのうち一人に「まだやってるの」と書かれた。冗談だったのかもしれない。客は笑って返したが、配信を切ったあと、過去の動画をすべて非公開にし始めた。
百本目で手が止まった。それが、カメラを持ったまま店へ来た理由だった。カメラの小さな赤いランプは消えているのに、まだ誰かに見られている気がした。
厚揚げの表面はきつね色を越え、ところどころ黒くなっていた。箸で割ると、中は白く、湯気が顔へ当たった。
「炭、もう消えかけなのに焼けるんですね」
店主は灰を持ったまま言った。
「炭は最後まで炭です」
厚揚げの外側は硬く、中は驚くほど柔らかい。焦げた醤油の塩気のあとに、大豆の淡い甘さが戻った。客は七人の名前を思い出した。毎回来る人が二人、時々コメントする人が三人、残りは知らない人だった。多いとは言えないが、ゼロでもなかった。
スマートフォンを開き、非公開作業を止めた。明日、すでに隠した百本のうち、自分が一番好きな一本だけを公開へ戻す。その代わり、一週間は配信しない。休止のお知らせには、《次に何を撮りたいか考えます》とだけ書く。
続けるか、やめるかは決められない。数字を見る怖さも、笑われた痛みも残る。それでも、今夜の勢いで三年分を灰に埋めるのはやめた。
店主が炭へ灰をかぶせた。網から下ろされた最後の一切れは、角だけがまだ熱かった。噛むと焦げた皮がぱりりと割れ、白い中心の温度が舌へ静かに広がった。