最後尾の貴族

「順番は守ってくださいね」

貧民街の片隅にある《雑種ギルド》は、人族も獣人も魔族も拒まない。

受付係ハンナは、読めない者の代わりに依頼書を書き、登録料のない子には木札を渡し、揉め事が起きれば菓子を半分ずつに割った。華奢で穏やかなので、誰も彼女が怒るところを想像できない。

靴磨きの孤児ベンノは、よく受付台の下で昼寝をしていた。

王都監査官を名乗る侯爵が、武装したまま列を押しのけて入ってきた。

ゲルハルト侯は亜人嫌いで知られ、この土地を買い上げるため、ギルド解散命令を持参していた。

「下賤な者どもの巣に、順序などあるものか」

彼は登録待ちの獣人の子を杖で打ち、解散命令書を受付へ叩きつける。

ハンナの笑顔が、ほんの少しだけ消えた。

侯爵が護身用の魔剣を抜く。

広間の視線が刃へ集まった一瞬、受付台の下にいたベンノだけが、彼女の指から黒金の糸が伸びるのを見た。

ハンナは整理券を一枚つまむ。

番号は《零》だった。

「創設規則第一条。ここでは、王も孤児も同じ一人です」

整理券を裏返すと、侯爵の足元に果てのない列が現れた。

過去に彼が追い越し、踏みにじり、声を奪った人々の影が、何万人も静かに並んでいる。魔剣も爵位も命令書も、一枚ずつその列の最後尾へ送られた。

ゲルハルト侯は裸の権力だけで立ち尽くす。

ハンナが指を鳴らすと、彼自身も影の列の末尾へ飛ばされ、広間から消えた。

壁の染みだと思われていた紋章が淡く光る。

《全種族共同ギルド創設者・境なき女王ハンナ》

現在の王国法が「すべての種族に登録権を認める」のは、彼女が初代国王に署名させたからだった。

ハンナは命令書を無効箱へ入れ、床に落ちた魔剣の鞘を傘立てへ差す。人々の記憶には、侯爵が急用で帰ったことだけを残した。

ベンノには何も言わず、欠けた菓子を一つ渡す。

少年はそれを受け取り、受付台の下から見た女王の影を胸へしまった。

しばらくして、顔色を失った侯爵が入口へ戻ってくる。

手には《三万二千八百一番》の整理券だけがあった。

ハンナは列の最後を指し、いつもの笑顔を戻す。

「順番は守ってくださいね」