最終電車のホーム

上京前夜、恋人から「駅に来て」とメッセージが届いた。

最終電車のホームには、ほとんど人がいなかった。

私は明日の朝、東京へ出る。

恋人は地元の大学へ進む。

卒業後も付き合おうと話していたのに、春休みに入ってから連絡が減った。

「これ、返す」

恋人が差し出したのは、文化祭で貸したままのシャープペンだった。

別れ話だと思った。

「わざわざ今?」

「明日だと間に合わないから」

「郵送でもよかったでしょ」

声が強くなった。

恋人は眉を寄せた。

「何に怒ってるの」

「別れたいなら言えば」

ホームへ発車案内の音が響いた。

恋人は長く黙ったあと、笑った。

「そう思ってたんだ」

「違うの?」

鞄から封筒を出した。

中には、東京までの高速バスの予約票と、大学の資料が入っていた。

「来年、編入試験を受ける」

私は言葉を失った。

恋人は家の事情で地元へ残ると聞いていた。

「祖父の介護が落ち着いたら、東京へ行く方法を探してた。でも言ったら、待ってって頼むみたいで嫌だった」

「私は、連絡が減ったから」

「勉強してた」

すれ違いは、秘密にした努力から生まれていた。

「同じ東京へ来るの?」

「受かれば。でも、同じ大学じゃない」

「何で言わなかったの」

「驚かせたかった」

「最悪の驚かせ方」

二人で笑い、少し泣いた。

最終電車が入ってきた。

恋人は乗らない。駅まで自転車で来ている。

「シャープペン、返すのは?」

「明日の試験勉強に使うから、新しいの買った」

「じゃあ持ってれば」

「これは東京へ持っていって。来年、返してもらう」

勝手な約束だった。

電車のドアが開き、私は一駅先の家へ帰るため乗った。

窓越しに恋人が手を振った。

発車直前、私はシャープペンを掲げた。

一年後、恋人は編入試験に落ちた。

その次の年、別の大学へ合格した。

私たちは途中で一度別れ、半年後にまた話すようになった。

同じ町で暮らせたのは、私の大学四年の一年間だけだった。

最終電車のホームで交わした約束は、予定どおりにはならなかった。

それでもシャープペンは、何度も芯を替えながら使った。

進路も関係も、一本の線を引けば完成するものではない。

書き損じ、消し、また続きを書くための道具だった。