月は壁に描かれていた

「生き物を鑑定できぬ鑑定士など、魔王討伐では無能だ」

聖王軍の司令官デュラハムはエルダンを遠征隊から追放した。

【真類鑑定:視界内の非生物一つについて、世界が定める本当の分類を表示する】

剣は剣、石は石。魔物の能力も弱点も見えない。エルダンは荷物持ち以下だと笑われ、魔王城の入口へ置き去りにされた。

直後、城全体が黒い霧に呑まれた。

空には巨大な紫の月。月光を浴びた兵から魔力が抜け、聖王ヴァリオンの結界さえ薄れていく。方位磁石は回り続け、松明の煙は地面へ落ちた。東へ一刻進んだ斥候が、西側の同じ岩陰から戻ってくる。魔王は姿を見せず、夜だけが軍を殺していた。すでに百人が眠るように倒れ、鎧の隙間から光を吸われている。

魔術師たちは月へ光弾を放つ。だが遠すぎて届かない。転移で逃げようとしても、どの方向へ進んでも同じ城門へ戻された。

追放されたはずのエルダンが、霧の中から歩いてきた。

「月を鑑定してみます」

司令官が怒鳴る。

「生き物ではないと分かったところで何になる!」

表示を見たエルダンは、空ではなく頭上の一点を指した。

――真分類:球形結界の内壁に描かれた吸魔封印。

月は天体ではない。彼らは巨大な球の内側へ閉じ込められ、その天井に月の絵を見せられていたのだ。遠く見えるのも、道が戻るのも、曲面の幻覚だった。

「月までの距離は、百歩もありません」

エルダンは石を投げた。石は高空へ消えたように見え、すぐ紫の月面へ小さな波紋を作った。

ヴァリオンが聖剣を両手で構える。

「距離を示せ」

「九十七歩。真上です」

聖王の斬撃が空を昇り、月を横断した。紫の円が紙のように裂け、夜空全体へ亀裂が広がる。砕けた黒い殻の向こうから、本物の朝日が差し込んだ。

魔王城はまだ遠方の山頂にあり、軍は谷の入口で幻に捕らわれていただけだった。

司令官が追放命令を撤回しようとする。ヴァリオンはその紙を朝日に透かし、聖火で燃やした。

「魔物を見られぬ無能ではない」

聖王は本物の空を指す。

「世界を偽物から鑑定し直す眼だ。以後、私より先に戦場を見よ」