月喰い竜の最終兵器
月面都市の外殻が破られ、真空の空に月喰い竜ノクタルが現れた。
迎撃艦隊は三十秒で消滅した。都市司令部は降伏信号を送ろうとしたが、整備区画の作業員ハクスが一人、月面へ出る。
彼は宇宙服も着ず、ひび割れた観測塔の前で両腕を組んだ。
通信官が叫ぶ。
『戻れ! 生身では呼吸もできない!』
「八百年前から、必要ない」
ノクタルが口を開く。星間物質を燃料にした暗赤色の炎が真空を走り、観測塔とハクスを包んだ。月の岩盤が蒸気となり、地平線の向こうまで粉塵が舞い上がる。
竜は次の都市へ首を向けかけ、止まった。
熱源探知器に、一つだけ温度の変わらない人型が残っている。
粉塵がゆっくり落ちる。
ハクスは同じ姿勢で立っていた。腕を組み、片足を観測塔の基礎へ預けたまま。彼の背後だけ、塔の非常灯がまだ青く点滅している。
ノクタルの六つの瞳が順に細くなった。竜は惑星を七つ食べた。核を焼けば、どんな生命も熱へ変わる。目の前の男だけが、攻撃の前後で一粒の熱量も増減していない。
『標的の組成を解析不能』
竜の生体端末が告げる。
「それ、昔の機種でも同じ表示だったよ」
ハクスが空気のない月面で笑う。声は都市回線へ直接届いた。
司令部の古い入植記録が自動照合され、画面に八百年前の写真が映る。最初の月面基地で、同じ顔の男が幼い入植者たちを放射線嵐からかばっていた。都市そのものが、彼の守りの内側で育ったのだ。
ノクタルは胸の星核を露出させた。《終末閃炎》――月そのものを裏側まで焼き抜く最終兵器である。黒い光が一点へ収束し、地殻が大きく沈む。
閃光のあと、月面に新しい盆地ができた。
その中心で、ハクスは同じ姿勢を崩していなかった。背後の非常灯も青いまま点滅している。
「この都市には、俺を人間として扱ってくれた最後の子孫がいる。だから一歩も通さない」
ノクタルは接近し、額から射撃角《滅星》を伸ばした。炎で無理なら、惑星核を貫く角で砕くつもりだった。
角がハクスの胸に触れた瞬間、月喰い竜の最終兵器《滅星》だけが根元から砕けた。