月夜の宿賃はブラッシング

山宿「銀枝亭」へ白狼が来たのは、吹雪で満室になった夜だった。

扉が開き、雪をまとった巨体が入る。客たちは食事も荷物も置いて二階へ逃げ、宿主は帳場の下へ隠れた。

下働きのトワだけが、白狼の肩から折れた矢柄が突き出ているのを見た。客を選ぶなと教えた亡き祖母の宿を、今の宿主は金持ち専用に変え、トワには薪小屋しか与えていない。

「お客様、一名ですね」

宿主が小声で「追い出せ」と命じる。トワは聞こえないふりをし、暖炉前の一番広い敷物を示した。

白狼はそこまで歩き、倒れるように伏せた。敷物に雪が落ちるのを気にしたのか、一度だけ入口を振り返る。その遠慮がちな仕草に、トワは胸が詰まった。矢は深くないが、毛へ凍った血が固まり、動くたび傷を引いている。

トワは湯と鋏と火酒を用意した。矢の周りの毛だけを短くし、返しがないことを確かめる。

「抜きます。宿賃は後払いで」

白狼の尾が床を一度打つ。

トワは息を合わせ、一気に矢を抜いた。白狼の爪が敷物を裂いたが、彼の腕は無傷だった。傷を洗って薬を塗り、清潔な布で巻く。次に固まった血を湯でほぐし、櫛を通した。

白狼は最初こそ耳を立てていたが、やがて顎を床へ落とし、目を閉じた。トワが痛くない場所へ櫛を通すと、尾の先だけが敷物の上で小さく左右へ動いた。櫛が首から背へ進むたび、白い毛が雪雲のように膨らんでいく。

翌朝、峠の商人が降りてきて言った。

「その毛皮なら金貨百枚になる。傷物でも買おう」

トワが答えるより先に、白狼は商人の金袋を鼻で押し返した。すると額に宿の紋に似た銀枝の印が浮かび、トワの手首へ宿る。帳場の古い権利証まで光り、宿の正式な継承者として祖母が残したトワの名を映し出した。

帳場の下から出てきた宿主が態度を変えた。

「トワ君、今日から共同経営者ということで――」

「まず、このお客様の朝食をお願いします。味なしの肉粥で」

白狼は満足そうにトワの前へ座り、櫛をくわえて渡した。もう一度梳けということらしい。

トワが床へ腰を下ろすと、白狼は大きな頭を膝へ載せた。手入れされた白毛は新雪より深く指を沈め、宿賃代わりのずしりとした重さと暖炉の熱を、彼の腿いっぱいに残した。