月蝕台の処刑命令
月蝕の夜、聖女ネフェルは王宮広場で処刑されることになった。
罪は、王の病を治さなかったこと。実際には治せなかったのではない。首の黒環に刻まれた命令で、治癒を禁じられていた。
処刑人ザイクは、斧と一枚の執行状を受け取った。
執行状の王印が黒環と結ばれている。斧を振り下ろさなくても、時刻になれば首輪が彼女の心臓を止める。処刑人はただ、王の責任を隠すために立たされていた。
「最後に望むことは」とザイクが尋ねる。
「命令されずに、空を見たいです」
ネフェルは月を見上げた。
王の使者が苛立つ。
「時刻だ。斬れ」
ザイクは斧を振り上げた。
刃が落ちる。
切ったのはネフェルの首ではない。台の上に置いた執行状だった。
王印が真っ二つになる。
黒環から激しい火が上がり、ネフェルが膝をつく。使者が笑った。
「愚か者。執行状を壊せば、首輪が即座に――」
ザイクは二撃目で、切れた紙の《所有者死亡時も有効》という一行を断った。
三撃目では何も斬らず、斧を石台へ突き立てる。
王印の魔力が行き場を失い、黒環の文字だけを焼いた。首輪は開き、金属音を立てて落ちる。
ネフェルの心臓は止まらない。
「処刑人を捕らえろ!」
衛兵が押し寄せる。ザイクは斧を抜き、ネフェルへ広場の外を示した。
「東路地へ。門番には話をつけた」
「あなたはどうするのです」
「処刑人が処刑される。それだけだ」
「逃げろと命じますか」
「頼む。自由になった命を、ここで使わないでくれ」
ネフェルは月蝕の闇へ走った。
ザイクは一人で衛兵を食い止める。斧を奪われ、膝をつかされたとき、広場を白い光が満たした。
王宮の高窓で、病床の王が立ち上がる。禁じられていた治癒が、初めて届いたのだ。
光の中心にネフェルがいた。逃げたはずの東路地から戻り、黒環のない首でまっすぐ前を見ている。
「王を治せば、あなたの無実は証明できる」とザイクが言った。
「王のためではありません。病を理由に、また誰かを処刑させないためです」
彼女は石床から斧を拾い、ザイクへ差し出した。
「この斧を、もう首へ振り下ろさないと誓えますか」
「誓う」
「なら私は、その誓いが破られないよう隣で見届けます」
ザイクが柄を握ると、ネフェルも一瞬だけ同じ柄に手を重ねた。
足元には黒環が落ちている。月蝕が終わっても、それが再び閉じることはなかった。