月面第七処刑場

月面都市の死刑は、真空で行われる。

空気代を節約でき、爆発物も遠慮なく使えるからだ。

上層区の宣伝映像では「清潔で苦痛のない刑」と呼ばれている。下層の鉱夫たちは、呼吸一回まで料金表へ載せる都市が、死刑囚にだけ慈悲深いはずがないと知っていた。

第七処刑場の中央で、ナディヤは磁気靴を固定していた。宇宙服は与えられていない。罪状は酸素配給システムへの不正侵入。彼女が上層区の余剰酸素を、事故で閉じ込められた鉱夫へ回したことは伏せられている。

配給記録には《盗難量:八百七十二人分》とある。それは事故坑道から生還した人数と、ぴたり一致していた。

管制官グレイヴが防弾窓の内側から通信する。

『最終呼吸はどうだ』

ナディヤは真空のため声を返せない。ただ両腕を胸の前で組み、窓を見上げた。

本来なら、その時点で肺が損傷するはずだった。

医療センサーは心拍七十二、血中酸素九十九パーセントを表示している。真空警報だけが鳴り続け、正常な生命数値のほうを故障扱いにしようとしていた。

一分経っても、彼女は同じ姿勢でいる。

グレイヴは計器を叩いた。

『生体反応センサーの残留だ。レーザーを照射』

処刑塔から赤い光が降りた。

月面の採掘坑を開く出力が、ナディヤ一人へ集中する。灰色の地面が融け、赤熱した飛沫が低重力でゆっくり弧を描いた。

光が止まり、蒸気の代わりに細かな塵が広がる。

塵の向こうで、ナディヤは両腕を組んだまま立っていた。磁気靴の位置も変わらない。肌も服も、照射前と同じだ。

管制室が静まる。

照射装置の冷却管は赤く焼け、技師の手袋には汗が滲んだ。標的へ送った熱量は記録されている。戻ってきた損傷だけが、どこにも存在しない。

『軌道砲へ接続しろ』

技師が振り向く。

『囚人一人にですか』

『都市への反逆者だ。最大出力』

上空の衛星から照準線が下りる。

白い閃光が地平線まで影を消し、処刑場のクレーターを一段深くした。衝撃波のない真空では、破壊は無音だった。

黒い塵がゆっくり落ちる。

クレーターの底に、ナディヤは立っていた。

両腕を胸の前で組み、最初と同じ角度で管制窓を見上げている。

防御解析ソフトが、推定値を更新し始めた。

戦闘艇、巡洋艦、都市防壁、衛星要塞。

グレイヴの顔から血の気が引く。

最後に全計器が同時に黒くなり、一行だけを表示した。

《対象装甲値:測定不能》