朝までの仮設橋
駅前の歩道を閉じ、工事用の穴をまたぐ仮設橋を一晩で架ける。片瀬志季の依頼は、午前五時半までに通行確認を終えることだった。
覆工板を並べ、手すりを付け、照明を点ける。予定より二十分早い。最後に志季が台車を押すと、三枚目だけが、かん、と鳴った。
「鉄板なんだから鳴るよ」
現場監督は開放札を出そうとした。志季は台車へ砂袋を追加し、もう一度押した。今度は音と同時に板の端がわずかに沈んだ。
たわみは規定内に見える。だが音が一枚だけなら、材料ではなく支え方が違う。
板を吊り上げると、下の支承に小石が噛み、ゴム板が半分ずれていた。夜間の設置中、クレーンのチェーンから落ちた油へ砂が付着し、その上に支承を置いてしまったのだ。荷重が軽いうちは点で受ける。朝、通勤客が同時に乗れば小石が砕け、板の端が急に下がる。
「清掃して置き直します」
「五時半まで十五分だ」
志季は一枚だけ直して終えなかった。油が付いたチェーンで吊った板は同じ列に五枚ある。すべて外し、支承の面を拭いた。手すり班には開放口を一つに絞り、通行人が誤って入らないよう並び替えてもらう。
午前五時二十八分、砂袋を積んだ台車が橋を往復した。音は消え、板の沈みも揃った。
五時三十分、最初の通勤客が警備員の合図で歩き始めた。急ぐ靴、キャリーケース、ベビーカー。誰も足元のゴム板を知らない。
監督が「間に合った」と息を吐く。
志季は橋の中央で一度だけ立ち止まり、人の流れに合わせて揺れを感じた。一定だった。
その向こうでは、掘削班が朝礼を始めている。仮設橋の下をこれから深く掘るという。
開放前、志季は警備員と二人で逆方向から歩き、橋の中央ですれ違った。片側だけの試験では、人が交差したときの揺れは出ない。狭い仮設路ほど、実際の混雑を小さく再現する必要がある。
二人の足音が重なっても、金属音はしなかった。
志季は通行確認書へ署名し、次に外すことになる一枚へ、白い印を付けた。橋は開いた瞬間から、撤去までの仕事が始まっていた。