木曜録音センター
木曜日が消えるコールセンターでは、通話記録だけが金曜に残る。録音には客の声しか入らず、担当者の返答は無音になる。木曜勤務者は自分の名を言ってはいけない。名乗ると、次週からその名宛ての電話だけが鳴る。
宇賀神律希は、木曜録音の検査係だった。
金曜の朝、前日の通話を聞き、禁止語や暴言を記録する。客が一人で怒り、一人で納得し、一人で礼を言う音声を何百件も聞く。返事のない会話に慣れると、普段の人間関係まで片側だけで済む気がした。
ある録音に、父の声が入っていた。
父は二年前に死んだ。生前、律希とはほとんど話さなかった。録音の父は、通販で買った電気毛布が温まらないと訴えている。
『息子に渡すつもりだったんです。寒がりでね』
無音が十二秒。
『名前? 律希です。宇賀神律希』
そこで録音が切れた。
規則では、自分の名が呼ばれた記録を削除しなければならない。残せば、次の木曜から本人が応対者に指定される。律希は削除ボタンを押せなかった。
翌週の金曜、彼の机に木曜対応済みの札が置かれていた。録音を再生すると、父がまた電話している。
『昨日は途中で切れてしまって』
無音。
『ああ、律希か。仕事中なら仕方ない』
無音は長く続き、最後に父が笑った。
律希は自分が何を答えたのか覚えていない。木曜の自分は父と話している。金曜の自分には聞こえない。
三週目、父はもう電気毛布の話をしなかった。
『じゃあ、これで最後にする』
律希はヘッドセットを外した。最後の無音は二十七秒あった。波形には何もないが、聞き続けると自分の喉だけが痛んだ。言えなかった言葉の形に、体が反応している。
録音の終わりに父が言った。
『そっちから切れ。昔から、お前は電話を切れないから』
律希は停止ボタンを押し、記録を削除した。
次の木曜、電話は鳴らなかった。金曜の机には、新品の電気毛布が届いていた。保証書の日付は消えた木曜で、購入者欄には律希の署名がある。
箱の上に、紙コップが二つ並んでいた。一つは空で、もう一つには冷めていない白湯が入り、縁に父と同じ位置の歯形が残っていた。