未配達の最終命令
戦争が終わって五年後、伝令官オスカーは廃砦へ一通の命令書を届けた。
門前には、たった一人の騎士マティアスが立っている。
鎧は錆び、足元には敵ではなく落ち葉が積もっていた。
「守備隊交代の命令を持ってきた」
オスカーが封筒を掲げると、騎士の喉に刻まれた封蝋型の呪印が赤く光る。
「開封し、読み上げよ」
「その前に確認する。五年間、ずっとここを?」
「最終命令は『後任が来るまで門を守れ』だった」
命令書の差出人は新将軍。
内容を読めばマティアスは解放される。ただし末尾には、次の任地と新しい所有者名が書かれていた。
交代ではない。鎖の付け替えだ。
「新将軍は、君を王都警備へ使うつもりらしい」
「命令なら従う」
「望みは?」
「命令外の質問には、答える語彙を与えられていない」
オスカーは封筒を裏返した。
軍令には、宛先人が死亡または部隊消滅の場合、未開封で返送する規則がある。
砦の守備隊名簿は、マティアスを除いて全員死亡。部隊番号も四年前に廃止されている。軍令魔法では、返送不能になった命令系統は、そこで効力を失う。
「この手紙の宛先は、もう存在しない」
オスカーは《宛先不明》の印を封蝋へ押した。
新将軍の所有印と軍令印がぶつかり、赤い蝋に亀裂が入る。
そのまま封筒を火鉢へ落とす。
命令は一度も読まれず、灰になった。
マティアスの喉から封蝋の形が剥がれる。
五年間閉ざされていた砦の門が、風だけで開いた。
「後任は?」
彼が尋ねる。
「来ない」
「次の任地は?」
「ない。君は帰っていい」
マティアスは剣を帯び、南の故郷へ向かって歩き出した。
オスカーも北の街道へ、残りの手紙を届けに出る。
日が傾いたころ、背後から馬蹄が近づいた。
マティアスが追いつき、並んで馬を止める。
「故郷は南だろう」
「帰る。だが五年待った。数日延びても変わらない」
彼は剣を鞘ごとオスカーへ差し出した。
「未配達にすべき命令を見分ける旅は危険そうだ。自由な護衛を一人、雇わないか」
オスカーは剣を受け取らず、その柄へ自分の旅費袋を結んだ。
二頭の馬は、主従ではなく並列に、北の街道を進み始めた。