本棚を半分あけて
集荷のトラックが来るまで、あと三十分だった。
灯里は床に積んだ本を、海外へ送る箱と処分する箱に分けていた。一年間の研究員としてベルリンへ行く。契約は一年だが、延長の可能性がある。帰国日は、まだ決めていない。
「これは?」
征司が、二人で読んだ長編小説を持ち上げる。
「置いていって」
「捨てる箱?」
「欲しいなら持って帰って」
「灯里、さっきから全部置いていってる」
二人は社会人向けの読書会で知り合った。会う理由はいつも本だった。貸す、返す、感想を言う。その順番を守っていれば、次の約束が自然にできた。
灯里は征司が好きだった。
言えない理由は、出発ではない。いつ帰るか分からない自分が「待って」と言うことだった。相手の一年を予約する権利などないと思った。
「向こうで必要になったら買い直す」
「本の話じゃない」
「何の話」
「俺との連絡も、置いていくつもり?」
「時差あるし、忙しくなる」
「それは削除する理由にならない」
「待たせたくないの」
征司は本を閉じた。栞代わりに挟まっていた映画の半券が落ちる。半年前、上映後に終電を逃し、二人で朝まで歩いた日のものだった。
「待ってって言われてない」
「言ったら待つ?」
「そこを灯里が決めるの?」
「帰らないかもしれない」
「俺だって一年後、同じ場所にいる保証ない」
「だから、友達のままなら変わっても困らない」
「友達なら、いなくなっても困らないと思ってる?」
インターホンが鳴った。集荷業者が到着したと連絡してくる。逃げられる時間は終わりかけていた。
「置いていって」
灯里はもう一度言った。
「でも、捨てるって意味じゃない。私が持っていけない間、預かってほしい」
「本を?」
「私との続きも。待たなくていい。ただ、終わったことにはしないで」
征司は返事をせず、処分する箱から本を一冊ずつ取り出した。
業者が上がってくるまでに、海外へ送る箱は三つ、征司が預かる箱は一つになった。
灯里は例の長編小説の見返しに、今日の日付と、予定している帰国月を書いた。返却期限ではなく、次に感想を話す目安として。
征司は箱を抱え、自宅の本棚を撮った写真を送ってきた。上から二段目が、半分だけ空いている。
灯里はその写真を保存し、空港で消すつもりだった彼とのトーク履歴を、機種変更用のバックアップに含めた。