村を徴兵した私印
帝国国境祭で、シルヴァナ・クロスは無断徴兵の罪を着せられた。
婚約者マルセロ・ブレインが、若者百名を集めた召集状を突きつける。
「彼女が皇太子殿下の名を騙り、村人を私兵にしようとした。婚約を破棄する!」
召集状にはシルヴァナの家紋が刷られている。だが彼女は紙の中央ではなく、折り目の下を示した。
「婚約条約の第三条により、私は軍令を発する権限を持ちません。命令紙は、実際に権限を使った者の私印を折り目へ隠します」
条約を重ねると、折り目から一つの印が浮かんだ。マルセロの獅子。それ以外の印はない。
「家紋は私のものでも、命令を出した権限者はあなたです」
「お前の名で兵を集めたのは、お前のためだ!」
「では私を犯人と呼ぶ理由はなくなりましたね」
証拠は折り目の私印一つ。集められた若者たちの運命を、言い逃れより明確にした。
召集された若者の中には、シルヴァナが読み書きを教えた者もいた。畑の収穫前に百人を連れ出せば、残された家族は冬を越せない。彼女は命令を止めようとしたが、軍令権がないことを逆手に取られ、門前で退けられた。その無力さを、マルセロは今度は罪として利用したのだ。けれど権限がなかった事実は、恥ではない。権限を持つ者が何をしたかを明らかにし、次は止められる場所へ立つ。その決意が、彼女の背筋を伸ばした。
マルセロは召集状を破ろうとする。
「婚約を継続しろ。そうすれば私が軍へ話をつけ、お前の罪を消してやる」
「あなたの印で作った罪を、ですか?」
帝国皇太子リオネルス・エイドが、一人だけ来賓席から降りた。彼は召集状を押収せず、シルヴァナが持つ条約へ視線を向ける。
「帝国軍は私印を受理する。召集は無効だ」
そして彼女へ手を差し出した。
「村へ帰る若者のため、徴兵制度の監察官になってほしい。私の隣なら命令権を持てるが、使わない自由も持てる」
マルセロが「帝国へ行けば裏切り者だ」と叫ぶ。
シルヴァナは召集状を彼の足元へ落とした。
「村人を勝手に兵へ変えた人に、忠誠を決められたくありません」
元婚約者に背を向け、権限と自由を同時に示した帝国皇太子の手を取った。