村外一名
葉室慶志は二十四歳の統計調査員で、人口十二人とされる小さな葛籠村を訪れた。村人は全員、冬だけ共同宿に集まって暮らす。その宿帳が住民台帳を兼ねていた。
頁の上段に村内者、下段に村外者。古い年ほど村内者が一人多く、村外者は必ず「二名以上」か「零名」になっている。
調査端末の音声メモ。
慶志「単独訪問なので村外者一名です」
村長「数える前に、帳面の裏を」
慶志「《村外者の人数を、一人と数えてはいけない》」
村長「村は、ひとりきりの外を持てません」
慶志は迷信より統計の整合を優先した。集計欄へ一度だけ「村外者1」と入力し、電子ペンで確定した。
画面が自動更新される。
村内者13
村外者0
宿帳の村内欄に、葉室慶志の名が増えていた。村人たちは「ああ、十三人に戻った」と安堵した。
慶志は端末を再起動し、雪の降る前に帰京した。だが勤務先の人事システムでは勤務地が《葛籠村共同宿》へ変わっていた。住民票照会も、携帯契約も、通販の住所も同じ村を返す。
実家へ連絡すると、両親は慶志が葛籠村で生まれたと言い出した。幼少期の写真には雪深い共同宿が写り、十二人の村人が家族のように囲んでいる。東京の賃貸アプリは部屋を《出張用仮眠所》へ変更し、契約者欄から慶志の名を消した。調査端末へ入力した人口は十三のままだが、国の統計では葛籠村の人口が十二から一へ急減していた。残る一人の氏名だけが葉室慶志だった。
給与明細の住所手当は《村内居住者》として増額され、交通費はゼロになった。東京の駅で社員証を使うたび、遠隔勤務の警告が出る。
同僚は彼が東京の机にいるのを見ながら、「葉室はリモート勤務だろ」と言う。誰も矛盾を気にしない。
夜、自治体の防災アプリから警報が鳴った。
《葛籠村全域に避難指示》
対象世帯:1
対象人数:1
避難先:共同宿
慶志が通知を閉じると、東京の部屋の照明が消えた。玄関の外で十二人分の雪を払う音がする。
インターホンの表示名が《村外》から《十三人目》へ変わった。