桜の下の豆ご飯
団地の中庭に桜が咲くと、梨江は一人分の弁当を作る。
夫を亡くして七年。以前は二人で花見をしたが、今は誰かを誘うほどでもなく、晴れた日の昼にふらりと降りる。
今年の弁当は豆ご飯、鰆の西京焼き、蕗の煮物。豆は少し皺が寄ったが、塩加減はよくできた。
桜の下のベンチには、先客がいた。同じ棟に住む鷹也という青年で、膝にコンビニ弁当を載せている。会えば挨拶する程度の仲だ。
「隣、いい?」
「どうぞ」
二人は少し間を空けて座った。風が吹くたび、花びらが弁当へ落ちる。梨江は豆ご飯に載った一枚を摘まみ、蓋へ置いた。
鷹也の弁当はまだ冷たいらしく、透明な蓋の内側が曇っていない。
「部屋のレンジ、壊れてて」
「冷たいのも、花見弁当らしいよ」
梨江は西京焼きを半分分けた。代わりに鷹也から、容器の隅の漬物を一つもらう。濃い味の大根が、豆ご飯の薄い塩気によく合った。
鷹也は来月、団地を出るという。就職で別の町へ行くらしい。梨江は「そう」とだけ答えた。別れを惜しむほど話してこなかったが、来年ベンチが空くと思うと、少し風通しがよすぎる。
食べ終えた頃、鷹也が蓋の花びらを一枚、財布へ挟んだ。
「会社の昼休み、ここを思い出すかも」
梨江も一枚、弁当包みの折り目へ入れた。
部屋へ戻ると、布には鰆と桜の匂いが移っていた。花びらは少し皺になっている。梨江は来年も豆ご飯を炊こうと思った。一人分より、ほんの一膳多く。
鷹也が引っ越す日、梨江は豆ご飯のおにぎりを二つ包んで渡した。駅で食べるには少し塩が薄いかもしれない。それでも包みを開けば桜の下の風を思い出せる。鷹也から届いた礼の写真には、車窓と空の包みが写り、その端に皺のついた花びらが一枚あった。
翌春、梨江は約束どおり一膳多く炊いた。鷹也は戻らなかったが、ベンチには新しく越してきた母子がいた。余ったおにぎりを差し出すと、子どもが豆の匂いを嗅いで笑う。桜の下では、一人分の余りが知らない誰かの昼になる。