棚は棚のまま

黒川芙由は、友人が来るたびに、本棚を生活から展示へ戻していた。

読みかけの文庫本を寝室へ隠し、色の合わない背表紙には白い紙を巻く。雑誌は高さを揃え、古本屋で買った日焼けした本は奥へ押し込む。棚の前に花瓶を置けば、写真にしても整って見えた。

日曜の午後、友人が映画を見に来ることになった。

芙由は朝から本を並べ替えた。けれど今週は仕事が忙しく、床には三冊、ソファには二冊、食卓には料理本が開いたままになっている。全部を片づけるには時間が足りない。

友人から「予定より一本早い電車に乗った」とメッセージが来た。

芙由は床の三冊を抱え、本棚へ差し込んだ。棚の奥行きが合わず、一冊だけ前へ飛び出す。押すと隣の本が傾き、全体が崩れた。

時計を見る。到着まで七分。

花瓶を置き、傾いた本を隠す。ソファの本を寝室へ運ぶ。テーブルの料理本を閉じようとしたとき、開いていたページに小麦粉の指跡がついているのが見えた。昨日、初めて作ったパンのページだった。形は悪かったが、朝食に食べた。

芙由は本を持ち上げたまま、立ち尽くした。

整えた棚を見せたいのか、本を読んでいる部屋へ友人を招きたいのか、自分でも分からなくなった。いつも友人が帰ったあと、隠した本を戻す作業で夜が終わっていた。

玄関のチャイムが鳴った。

芙由は料理本を閉じなかった。床の三冊も、傾いたまま棚へ残した。花瓶だけをどける。水を入れていない空の花瓶は、急ごしらえの飾りにしか見えなかった。

扉を開けると、友人はポップコーンの袋を掲げた。芙由は「散らかってるけど」と言いかけ、飲み込む。

映画の途中、友人はソファの本を枕代わりにしそうになり、気づいて脇へ置いた。それだけだった。

エンドロールが流れても、芙由は本棚を直しに立たなかった。前へ飛び出した一冊の影が、夕方の床へ細長く伸びている。

棚はきれいではない。けれど、今夜また生活へ戻す必要もなかった。初めから、生活のままだった。

前へ出た一冊は、夜になっても戻されなかった。