森の根が掘る銀

エルドの銀山には、坑道がない。

森の巨木が地中深く根を伸ばし、岩の隙間から銀を吸い上げる。満月の翌朝、根元に銀色の瘤が実る。森番の小鹿が落ちた瘤を集荷籠へ蹴り込み、妖精商会が正午に買い取る。

採掘と呼ぶには静かすぎるが、権利書には確かに「根系採掘」と書かれている。

エルドは木々を伐らず、土を掘らず、雨のない日に水を撒くだけだ。

銀瘤が少ない月もある。そんなときは茸を焼き、買い物を一度減らす。それでも木を一本倒せば増収になる、とは考えなかった。暮らしを森に合わせれば、森を締切に合わせずに済む。

以前は大伐採団の進行係だった。深緑の制服は樹脂で固まり、腰の測量鎖が擦れた跡が白い線になっている。「一本でも多く」が合言葉で、巣のある木も、崖を支える木も予定表どおり倒させられた。抗議すれば夜間見回りを増やされた。

辞めて森へ来たあとも、通信笛には未読の緊急伐採命令が届き続けた。

満月明けの朝、妖精商会の葉札が風もないのに揺れた。

《銀瘤六個、買取完了。小屋維持費・食料費、七週間分を入金》

エルドは金額を二度見なかった。七週間、木を倒せと言われても断れる。それだけ知ればよい。

通信笛が鋭く鳴る。元団長オスカーの声が森を震わせた。

『南区画の納期が遅れている。お前なら作業班を徹夜で回せる。戻って指揮しろ』

「回しません」

『契約違反金が出るんだぞ』

「私の契約ではありません」

『木を眺めるだけで食っている者が偉そうに』

エルドは巨木の幹へ手を置いた。内側で水が上がる、ごく小さな振動が伝わる。

「木を眺める時間を買うために、ここへ来ました」

『怠け者め』

「そう呼ばれて困らない暮らしを、ようやく作りました」

通信笛を折る代わりに、穴へ蜜蝋を詰めた。音は二度と通らない。笛そのものは、小鳥の水飲みに使えるだろう。

小鹿が最後の銀瘤を籠へ入れ、森の奥へ跳ねていった。

エルドは巨木の根に背を預け、帽子を顔へ載せた。葉の間から落ちる光が、ゆっくり位置を変える。

午後の水やりは、雨が代わってくれそうだった。ならば自分は、眠ることにした。