橙色の誘導灯を下ろさない

吹雪の滑走路脇で、橙色の誘導灯が城戸海里の手に押し込まれた。

「三十秒の遅れで済む。出してやれ」

運航主任の無線も、離陸待ちの旅客機が点滅させる翼端灯も、前の人生と同じだった。

地上誘導員の海里が灯を振り、旅客機を滑走路へ進めた十七秒後、除雪車が横切った。吹雪で互いを発見できず、機体は除雪車へ衝突。乗客と作業員合わせて百人以上が犠牲になった。

管制記録は「海里が許可前に誘導した」と編集された。家族へ返された制服には、事故当日の雪と燃料の匂いがいつまでも染みついていた。だが除雪会社から運航主任へ、作業終了の虚偽報告と賄賂が渡っていた。

二度目の十七秒前。

海里は誘導灯を下ろさない。両腕を頭上で交差し、停止の合図を出した。

機体がその場で止まる。

「城戸、進めろ!」

「滑走路は空いていません」

「レーダーに何もない!」

「除雪車の発信器を切らせたのは、あなたでしょう」

主任の無線が一瞬黙る。

海里は全周波数へ緊急停止を送信し、近くの作業員にも退避を命じ、旅客機の機長へ直接告げた。

「前方へ進まないでください。右から車両が来ます」

『視界ゼロだ。根拠は?』

「私が責任を取ります」

前の人生では責任を押しつけられた言葉を、今度は自分から盾にする。

十秒後、吹雪の白い壁から黄色い除雪車が飛び出した。車両は旅客機の鼻先わずか二十メートルを横切り、停止線を越えて雪山へ突っ込む。

旅客機が進んでいれば、前と同じだった。

海里は駆け寄り、除雪車の運転手を救出する。車載端末には、主任から届いた《発信器を切れば追加報酬》というメッセージが残っていた。

離陸予定時刻。以前は空港アプリが《重大事故発生》で真っ赤になった。

今度は青い遅延表示だけが灯る。

《安全確認のため出発遅延。乗客・乗員・地上員、全員無事》

機長から無線が入る。

『誘導員、ありがとう。三十秒ではなく、全員の人生を守ってくれた』

海里は橙色の灯を、初めて出発の方向へ振れる未来を手にした。