正しい打刻
木崎侑里は、勤刻舎へ会社の機械式タイムレコーダーを運び込んだ。
灰色の箱に時刻表示と差込口がある。総務担当の侑里は、残業時間の集計が合わない原因を調べるよう命じられ、古い機械を修理へ出した。会社では「時計が七分ほど遅れる」と説明されていた。
だが侑里は、毎月の勤怠表が完成する直前、社員の退勤時刻だけ短く書き換えられるのを知っている。印字されたカードは上司が回収し、表計算へ入力したあと廃棄される。先月、侑里が偶然見たカードには二十二時十四分、完成した表には二十一時三十分とあった。
問いただせなかった。契約社員の侑里には、来月の更新面談がある。機械の誤差だと言われれば、それ以上の証拠もない。
店主はタイムレコーダーの外装を外し、内部の時計を測定器へつないだ。十五分待っても差は一秒未満だった。日付送りも、赤黒の印字切替も正常である。
店主は試験用の白いカードを差込口へ入れた。
がちゃん、と重い音がして、〈8日 18:47〉と印字された。店主は店内の標準時刻を確認し、もう一度打刻する。二行目も同じ十八時四十七分だった。
「異常なしです」
店主は修理伝票の症状欄へそう書き、測定誤差〈+0.8秒/日〉、製造番号、試験時刻を続けた。念のためと、試験カードの裏にも店の角印を押す。助言はなく、事務的な所作だけだった。
侑里は伝票とカードをスマートフォンで撮った。以前、退勤カードを一枚だけ撮影していたことを思い出し、二つの画像を並べる。機械が正しいなら、違うのは入力された数字だった。
会計を終えたあと、侑里は会社ではなく、加入している地域ユニオンの相談窓口へメールを作った。画像を添付し、〈勤怠改ざんの可能性について〉と件名を入れる。自分の更新面談の日付も本文へ書き、送信した。
店主はタイムレコーダーを厚い布で包み、差込口だけ潰れないよう板を当てた。試験カードと伝票は包みの外、侑里の手へ直接返す。
紙には十八時四十七分が二つ、同じ濃さで残っていた。侑里は折らずに透明なファイルへ入れた。正しい時刻は、誰かが短く入力し直す前に、もう外へ出ていた。