水滴一つの火神殺し

「清水を一滴生むだけ? 喉の渇きにも足りぬ」

炎神殿の試験で、キネードは無能と判定された。

【魔法:《一滴水》――視界内の一点へ、一日に一度だけ清水一滴を生む】

距離は五歩。火を消すには小さく、傷も洗えない。キネードは祭壇の花瓶係へ回された。

一滴では萎れた花も戻らない。それでも彼は、魔法の水が空中を飛ぶのでなく、選んだ場所へ直接現れることを試し続けた。熱した硝子の内側へ出しても、外面には触れなかった。場所こそが、この魔法の本体だった。

大祭の日、封じられていた火神獣が目覚めた。

炎でできた巨体は神殿を歩くたび石柱を溶かし、外から浴びせた水を触れる前に蒸発させる。炎聖ゾルディアが氷槍を投げても、表面の熱で白煙になった。

火神獣の胸には、透明な炎の奥に黄色い核が見えた。

古文書では「太陽塩」と呼ばれる結晶だ。太陽塩は乾いている限り無限に熱を生むが、水へ触れると膨張して崩れる。だから神獣は核を炎の何重もの層で守っていた。

「水を届かせる道がない」

ゾルディアが退却を命じる。神獣の先には、避難の遅れた孤児院がある。

キネードは五歩まで近づくため、濡らした祭礼布を何枚も身体へ巻いた。一歩ごと布が燃え、最後の一枚が灰になる。火神獣が腕を振り上げたとき、胸の核までちょうど五歩だった。

彼の魔法は、水滴を飛ばさない。

指定した一点へ、直接生む。

《一滴水》

黄色い核の表面に、透明な雫が現れた。

一瞬で蒸気になる。その膨張が太陽塩の内側へ亀裂を走らせた。核が粉々に砕け、無限だった炎が燃料を失う。

火神獣の腕は孤児院へ届く前に赤い砂となって崩れた。熱風だけが窓を揺らし、子供たちの持つ紙風車を回した。

試験官が「太陽塩の弱点を知っていただけ」と言う。

ゾルディアは焼けた祭礼布の端を拾い、男の炎章を包んだ。

「弱点へ届かぬ知識は書庫の埃だ」

炎聖は自分の金杖をキネードへ差し出す。

「一滴を火より内側へ置ける者を、無能と呼ぶ神殿には火を預けられぬ」