永遠の未読

巴山紗弥は、二十九歳でアップロードされた。

事故の前日、恋人は言った。

「先に行ってて。僕もいつか必ずそっちへ行く」

紗弥はその約束を信じた。

仮想空間から生者へ送れる手紙は、一年に一通だけだった。最初の手紙には新しい部屋のことを書いた。二通目には、こちらでは星を好きな数だけ増やせると書いた。十通目には、待っているとは書かなかった。

返事は一度も来なかった。

ニュース検索をすれば、恋人が結婚したことも、二人の子を育てたことも分かった。五十代で店を開き、七十代で妻を看取り、八十二歳で静かに亡くなった。アップロード登録はなかった。

紗弥は五十三通の手紙を送り、五十三通すべてが未読だった。

愛が憎しみに変わるまで、仮想時間で三百年かかった。彼女は彼を臆病者と呼び、約束を守らなかった人生を何度も想像した。それでも新年になると、送信窓口を開いた。

彼の死から一年後、遅延配送の通知が届いた。

生前の彼が預けていた、一度だけ再生できる対話記録だった。人格のコピーではない。質問に応じて録画された答えを組み合わせる、有限の会話だった。

再生ボタンを押せば、終わるまで停止できない。

紗弥は押さなかった。

待つことが自分の人生になりすぎていた。答えを聞けば、怒りも希望も行き場を失う気がした。

彼女は手紙を書くのをやめ、仮想劇団へ入った。役を覚え、失敗し、仲間と喧嘩した。二百年後、初めて自分から誰かを食事に誘った。その百年後、ようやく記録を開いた。

老いた彼が画面に現れた。

「どうして来なかったの」と紗弥が訊いた。

《君を待つ場所にしたくなかったから》

「私は待ったわ」

《ごめん。でも僕は、君がいない世界で生きることを選んだ。君にも、僕がいない世界で生きてほしい》

答えは身勝手で、優しく、遅すぎた。

紗弥は笑い、それから五百年分泣いた。

会話が終わる直前、彼は言った。

《次の質問をどうぞ》

紗弥は首を振った。

「もうないよ」

記録は閉じ、二度と開かなかった。

未読だったのは彼ではない。彼のいない人生から届く通知を、紗弥自身がずっと開けずにいたのだ。

その夜、彼女は劇団の仲間へ新しい台本を送った。

題名は、『待たない人』だった。