治さない水係
給水役トロネは、炎魔人との戦いで傷口ではなく仲間の手首へ水をかけ続けた。
「治癒もできない水遊びだ」
火術隊長レガートは、戦果盤の0%を見て彼女を笑った。炎魔人を倒すには大魔法を連続で撃ち込み、核の温度を上回るしかないという。
戦闘が始まると、術師たちの杖はすぐ赤くなった。火術を重ねるたび体内の魔力路が熱を持ち、指先が震える。
トロネは手首へ細い水を落とした。
冷たい水は火傷を治さない。脈に沿って熱を奪い、暴走しかけた魔力をむらなく戻す。術師は詠唱を途切れさせず、次の火球を放てた。
「もっと魔力を込めろ!」
レガートは自分の腕を振り払い、水を拒んだ。直後、杖の中で魔力が逆流し、彼の火球が味方の頭上で膨らむ。
トロネは桶を投げ上げた。
水が火球へ届く前に蒸発し、その蒸気が術師たちの手首を包む。暴走した魔力がそろって静まり、膨らんだ火球だけが前方へ押し出された。
炎魔人は自分より熱い火を胸に受け、核を露出する。冷却を受けた術師たちが最後の詠唱を重ね、核を焼き切った。
トロネの桶は空だった。
帰還後、レガートは「限界を超えた火術で勝った」と報告した。給水役は攻撃にも治療にも該当しないとして、討伐記録から外された。
戦果盤が術師たちの魔力路を読み取る。水が触れた直後だけ暴走が止まり、詠唱が継続していた。レガートが拒んだ瞬間には、味方を巻き込む逆流まで記録されている。
受付官が空の桶を傾ける。底に残った雫が戦果盤へ落ち、火術隊長の名を映した赤い光を消した。
代わりに、トロネの名が涼しい青で浮かぶ。
術師たちは火傷もない手首をトロネへ差し出した。壊れてから治すのでは遅いと理解したのだ。レガートの赤い杖は冷却台の端へ移され、空の桶には隊長章が掛かった。水はなくても、誰が次の詠唱を許すかは明らかだった。
火術師たちは空の桶を満杯の魔力炉より頼もしいものとして見つめた。レガートだけが熱を持て余し、冷えた指揮章へ触れることも許されなかった。
【再算定完了】
【トロネ・討伐寄与率:0% → 94%】
【隊内順位:最下位 → 首位】
【役職更新:給水役 → 魔力循環長】