消去証明のあと

スマートフォン修理会社のデータ利用会議で、門脇弓佳は端末初期化を請け負う協力会社の若手作業員として、診断ログの売却契約を見ていた。買い手は広告分析会社。故障機種やアプリ利用傾向を統計化するという。

契約書では、修理完了時に個人データを消去した端末診断情報だけを提供するとされていた。売却額は八千万円だった。

弓佳は一台の処理履歴を開いた。消去証明の発行時刻は午後三時ちょうど。広告会社へのバックアップ送信は午後五時二分だった。

「消した二時間後に、写真が送られています」

修理会社の管理部長は、送信したのは診断情報だけだと答えた。

弓佳は送信ファイルの一覧を表示した。連絡先、写真、メッセージ、位置履歴、ブラウザ保存情報。診断ログではなく、修理前に作った顧客バックアップそのものだった。一件には免許証の写真まで含まれている。

管理部長は、顧客の復旧依頼に備える一時保管だと説明した。

同意書には「修理完了後、バックアップを直ちに消去」とある。弓佳の協力会社は午後三時に削除処理を実行し、ファイルも消えていた。ところが管理部長が二時五十八分、削除前のコピーを別サーバーへ移していた。移動承認には本人の電子署名がある。

さらに広告会社の受領印は午後三時四十分。売却契約が正式承認される前に、コピーの存在を確認していた。

弓佳の上司は、修理会社との契約を守るため黙るよう言った。

「消去証明は、お客様へ出した約束です。会社同士の都合で復元する証明ではありません」

広告会社の確認画面には、一人の顧客の旅行写真と旅券画像がサンプルとして表示されていた。顧客は画面割れの修理だけを依頼し、バックアップ利用へ同意していない。弓佳は端末番号を修理受付票と照合し、偶然のテスト画像ではないと証明した。

修理会社社長が八千万円の承認印をケースへ戻した。午後三時に消えたはずの写真が、午後五時二分の売却決裁まで残ることは許されなかった。