深海から届く花
深海探査ロボットは、海底の岩石と生物を撮影し、研究船へ送った。
任務外の画像は自動で削除される。
操縦室の技術者は、入院中の娘から届いた絵をモニターの脇へ貼っていた。
青い海の底に、赤い花が一輪咲いている絵だった。
「海の底にも花はある?」
娘に聞かれ、技術者は、
「花はないけど、花みたいな生き物なら」
と答えた。
次の潜航で、探査ロボットは予定航路を外れなかった。
採取も正常。
浮上後、任務記録に一枚だけ余分な画像があった。
白い珊瑚が、花束のように開いている。
技術者は娘へ送った。
娘は喜び、次は黄色い花を描いた。
翌月の潜航では、黄色い海綿の画像が一枚加わった。
それから探査ロボットは、一度潜るごとに一枚だけ、任務と関係のない「花」を送るようになった。
赤いイソギンチャク。
紫のウミユリ。
暗闇へ光を広げる小さなクラゲ。
どれも採取対象ではなく、航路の端にあった美しいものだった。
研究責任者は容量の無駄だと削除設定を強めた。
それでも一枚は残った。
ファイル名はいつも、
「FOR_YOU」
だった。
娘の治療は長引いた。
海の花が十枚、二十枚と増える間、髪が抜け、また生えた。
病室の壁は深海の色で埋まった。
ある潜航の日、通信が途切れた。
探査ロボットは海底の谷で動けなくなった。
回収できなければ、そのまま失われる。
技術者たちは位置情報を探した。
最後に送られたのは、任務データではなく一枚の画像。
暗い岩の上に、赤い珊瑚が咲いている。
画像の隅に、探査ロボット自身の照明が反射した金属片が映っていた。
地形を照合し、位置を特定できた。
回収された機体は傷だらけだった。
技術者が外装へ手を置き、
「帰ってきてくれて、ありがとう」
と言うと、カメラが一度だけ娘の絵へ向いた。
退院した娘は研究船を見学した。
探査ロボットの前へ、新しい絵を貼った。
今度は花ではなく、海の上に浮かぶ船と、甲板で手を振る人々。
「次は海の上も撮って」
技術者が笑った。
「この子は潜るのが仕事だから、空は見えないよ」
次の潜航記録には、やはり深海の花が一枚あった。
ただ、その花の上に小さな気泡が昇り、遠い海面へ向かっていた。
機械は任務から外れない。
それでも一枚ぶんだけ、役に立つものより、誰かへ見せたいものを選ぶようになった。