湖畔の写真は破らない

沙耶は湖畔の写真を見た瞬間、婚約を終わらせた。圭介が知らない女性を抱き寄せているように見え、友人の美冬から「見たままが真実だよ」と言われたからだ。写真を破り、連絡先を消し、三年後になって合成だったと知った。

悔やんだ夜から戻ると、同じファミリーレストラン。美冬が光沢紙の写真をテーブルへ置いた。

「見たままが真実だよ」

一度目の沙耶は、その場で二つに破った。今度は写真を窓の明かりへ透かす。

「なら、見えるものを全部見よう」

湖面に映るはずの二人の影が、女性の分だけ途切れている。圭介のジャケットのボタンは左右が逆なのに、背景の看板だけは反転していない。美冬が合成に使った画像を、一度だけ鏡写しにした証拠だった。

「これ、元データを送って」

「もう消したわ。沙耶が傷つくと思って」

「私が傷つくかどうかより、圭介が悪者になる方が大事だった?」

美冬の指がグラスの水滴をなぞる。前の人生では優しさに見えた仕草が、今は時間稼ぎだと分かる。

沙耶は圭介へ電話をかけ、スピーカーにした。

「写真を見た。今、美冬と一緒にいる」

長い沈黙。前回なら彼の声を聞く前に着信拒否していた。

『湖畔には行った。でも女性と二人ではない。式場の下見で、担当者が転びそうになったのを支えた。動画もある』

すぐに送られた動画には、周囲にスタッフが五人映っていた。写真はその一瞬だけを切り抜き、別の顔を重ねている。

美冬が立ち上がる。

「私はただ、圭介より沙耶のことを――」

「好きなら、私の選択を盗まないで」

沙耶は写真を破らず、美冬の前へ戻した。証拠として残すためだ。

美冬は席を立ったが、沙耶は呼び止めなかった。追いかけて理由を聞けば、また彼女の感情の世話をすることになる。今はまず、信じると決めた相手へ自分の言葉で向き合う番だった。

午後六時半。前回はこの時刻、共有カレンダーから《式場見学》が消えた。画面を開くと、予定はまだ青く残っている。そこへ圭介から新しい一文が加わった。

《二人で事実を確かめてから決めよう》

沙耶は初めて、信じることを我慢ではなく選択にできた。