満月読書会の聞き書き

 町の屋根が銀色になる満月の夜、古い煙突の周りで動物たちの読書会が開かれる。

 本を持ってくる者はいない。犬は散歩で聞いた話、猫は窓辺で読まれた小説、雀は学校の朗読、蝙蝠は劇場の台詞を覚えてきて、声だけで頁を作る。

 会長は灰狐の聞耳。話の途中で口を挟まず、最後に必ず「続きを」と言うので選ばれた。

 新しく来た子狸の葉擦は、何も話せなかった。

「人間の家へ近づかないから、物語を知らない」

 皆の輪から少し離れ、煙突の影へ座る。

「森のことを話せばいい」

 犬が言う。

「木が立って、風が吹くだけ」

「それも話だ」

 猫が言う。

「でも、面白くない」

 葉擦は俯いた。

 その夜の読書会では、順番に一つずつ物語が語られた。

 犬は、散歩へ行きたくないふりをして飼い主を休ませた話。

 猫は、失くした眼鏡が頭の上にあった人間の話。

 雀は、教科書を忘れた二人が一冊を分けた話。

 蝙蝠は、舞台で台詞を忘れた役者を、客席の咳払いが助けた話。

 葉擦は笑ったり驚いたりしたが、自分の番が近づくほど尾を小さくした。

「話さなくてもよい」

 聞耳が言った。

「読書会なのに?」

「聞く者がいなければ、話は置き場所を失う」

 皆が葉擦を見る。

「今夜、お前がいちばん多く受け取った」

 葉擦はしばらく考えた。

「では、聞いたものを一つだけ返していい?」

「どうぞ」

「犬の話のとき、煙突の中から温かい匂いがした」

 皆が鼻を上げる。

 下の家で、人間が夜食の焼き林檎を作っているらしい。甘い果汁とシナモンの香りが、煙突を通って夜空へ上がってきた。

「雀の話では、雲が月を半分隠した」

「猫の話では?」

「会長が一度、くしゃみを我慢した」

 輪の中に笑いが起きた。

「お前は、話の外側を読んでいた」

 聞耳が目を細める。

 葉擦は初めて、輪の中央へ一歩近づいた。

 次の満月、葉擦は森の話を持ってきた。

「木が立って、風が吹いた。一本だけ葉を落とさない木があった」

 それだけ言って止まる。

 聞耳は急かさず、いつもの言葉を返した。

「続きを」

「朝になったら、落とすかもしれない」

「では、朝まで待とう」

 動物たちは煙突の周りで丸くなった。

 焼き林檎の残り香と、屋根瓦にたまった夜露の冷たさ。物語は大きく動かなかったが、誰かが聞いているあいだ、風の音まで頁をめくる音になった。

 葉擦はもう、何も持っていないとは思わなかった。