濡れ衣を映す透明な紙
物流庁の会議で、書記官メルクは記録改竄の犯人にされた。
輸送契約の到着日が書き換えられ、軍粮が遅れた責任を押しつけられたのだ。上司は原本を机へ置き、冷たく言う。
「更新権限を持つのは君だけだ。辞職すれば刑事告発まではしない」
メルクは紙面を見た。インクも署名も完璧だ。ただし、原本を保管していたのは上司の金庫だった。
証拠が一つあればいい。
彼は配属時にもらった《事務職・初回十連》を会議室で起動した。
綴じ紐、印章台、封筒など九品。最後に、文字のない透明な紙が一枚。
《下敷き/説明:上に重ねると、その文書が以前持っていた文字を映します》
上司が止めるより先に、メルクは透明紙を契約書へ重ねた。
現在の到着日が薄れ、その下から元の数字が浮かぶ。さらに一層下には、上司自身の筆跡で書かれた修正指示。余白には時刻と金庫の開閉記録まで映った。
『二十三時十四分、上司権限で変更。変更理由:弟の運送会社への追加発注を成立させるため』
会議室の全員が読んだ。
上司は透明紙を引き裂こうとしたが、手を触れた瞬間、その指へ過去の署名が映る。何枚の偽契約へ印を押したか、腕いっぱいに一覧となって現れた。
監察官が静かに立つ。
「辞職すれば刑事告発まではしない、だったな」
今度その言葉を向けられたのは上司だった。
メルクは用意されていた辞職届を二つに折り、議事録の余白へ書く。
『改竄発見。担当者メルク、原本保全を完了』
監察官はその下へ承認印を押した。
透明紙は、同じ上司に責任を負わされた過去の文書にも反応した。退職させられた二人の書記官、降格された倉庫番、代金を踏み倒された運送人。監察官はその場で全件の再調査を命じる。メルクの濡れ衣が晴れただけでは終わらない。紙の下に押し込まれていた名前が、会議録の表へ一人ずつ戻された。
物流庁長官はメルクへ、独立記録室の責任者を命じた。彼は受ける代わりに、更新履歴を全職員が閲覧できることを条件にする。透明紙がなくても、次から隠せない仕組みにするためだ。会議室の扉には、その日のうちに「原本は一人で管理しない」と札が掛かった。
《唯一級〈過去透写紙〉/改竄前の全履歴を、改竄者の署名付きで再現します》