灯台までの二本の道
珠緒の故郷の灯台が、一般公開を再開する。
町の広報から届いた案内には、案内ボランティア募集の申込書が同封されていた。月二回、灯台までの遊歩道を歩き、来訪者へ町の歴史を説明する。研修は一日だけ。
珠緒は、帰郷後の予定を何も決めていなかった。故郷へ戻る部屋だけは候補がある。だが、何をして過ごすのかと聞かれるたび、答えが空白になる。その空白を埋めるために、ボランティアへ申し込もうとしている自分がいた。
地図には灯台へ向かう道が二本ある。海沿いの近道と、森を回る遠回り。近道は景色がよく、強風の日は通行止めになる。遠回りは暗く、時間が倍かかるが、雨でも歩ける。
二十九歳になる少し前から、珠緒は近道を選び損ねた気がしていた。もっと早く戻ればよかった。もっと早く違う暮らしを試せばよかった。今からでは、何をしても遠回りになる。
研修担当者から電話があった。
「道案内の希望はありますか」
珠緒は海沿いと答えかけ、森の道を希望した。理由を聞かれ、「閉鎖されにくいから」と言った。担当者は、虫が多く、ぬかるみやすいと念を押した。
電話のあと、机に二本の懐中電灯を置いた。東京で防災用に買った小さな灯りと、研修でもらった重い業務用。小さいほうは明るく、電池が二時間しか持たない。重いほうは鈍い光で、一晩持つ。
研修前の試し歩きで、珠緒は森の道を一人で登った。靴は泥に沈み、灯台が見えない時間が長かった。途中で海沿いの道へ戻れる分岐もあったが、その日は地図どおり森を進んだ。到着したときの達成感より、帰りも同じ道を下る面倒のほうが現実的だった。
帰郷の決断も、明るく見える理由ばかり探していた。海、静けさ、懐かしい道。だが、暮らしは一晩で終わらない。
珠緒はボランティア申込書に署名し、備考欄へ「森の道を担当希望」と書いた。帰郷後の予定表に、研修日と月二回の当番を入れる。空白をすべて埋めるのはやめた。
灯台へ着けない日もあるだろう。町に馴染めず、当番を辞めるかもしれない。
それでも珠緒は、遠回りを美談にせず、重い懐中電灯の替え電池まで自分で買った。