灰を読んだ最後の栞
王立文書庫が燃えた翌朝、司書アデラは放火犯として拘束された。
火元は彼女の担当室。消火鐘が鳴った時刻には、彼女は地下目録室で夜勤をしていたが、証人の同僚は突然異動させられていた。しかも、王家の土地横領を調べていた監査記録だけが焼けている。文書庫長は「管理責任を認めろ」と迫り、焼け残った鍵を証拠として差し出した。
アデラは手錠のまま、司書資格取得時にもらった確定SSR本箱を開く。
必要なのは火を消す水ではない。失われた文章を、改竄される前の順序で一度だけ読める物。
箱から現れたのは、焦げ茶色の栞だった。
《灰読みの栞》
焼失した書物の灰へ挟むと、最後に正しく綴じられていた本文だけを一度再生する。
「灰を掃かないでください」
衛兵に頼み、担当室へ入る。床は黒く、紙と棚の区別もない。アデラは最も大きな灰の山へ栞を差した。
風もないのに灰が舞う。
空中へ頁が一枚ずつ組み上がり、監査記録が透明な本として蘇った。焼けた順ではなく、索引番号どおりに背表紙が並び、頁の端に付いた閲覧者の指紋まで淡く光る。土地の移転日、偽造された印章、横領先の口座。最後の頁には、文書庫長が記録を持ち出し、担当室へ油を撒く指示書まで綴じられていた。
「偽物だ!」
文書庫長が透明な本を破ろうとする。手は頁をすり抜け、その袖から油の匂いが立った。衛兵が袖口を調べると、火打石と同じ油に浸した布が出てくる。地下目録室から移された同僚も呼び戻され、アデラの居場所を証言した。
アデラの手錠が外された。
彼女はまず無罪証明を写さず、横領された土地の一覧を写筆係へ読ませた。農地を奪われた村々へ返還命令を出すためだ。次に放火記録を複写し、最後に自分の鍵が火災時刻には貸出簿へ返却済みだった頁を示した。
透明な本は、全頁を読み終えると灰へ戻った。
ただ一本、焦げ茶の栞だけが残り、その縁へ金色の書誌情報が刻まれる。
《SSR〈灰読みの栞〉――完全焼失文書二百十四冊を誤字零で復元。世界初の全文再生に成功》