片方だけのカフス

挙式まで十分。村瀬叶人は、新郎から「予備のカフスを持っていませんか」と声をかけられた。

新郎の右袖には、銀色の四角いカフスが一つだけ留まっている。黒川千晴が、叶人の就職祝いに選んだ一組と同じものだった。

別れた夜、片方が千晴の部屋でなくなった。叶人は残った一つを箱に入れ、捨てられずに今日も鞄へ入れていた。式へ来る直前まで、返すか迷っていたからだ。空の穴が一つあるだけでシャツは着られる。それでも片方を箱から出すたび、完成しないものを持ち続ける自分まで見透かされる気がした。

「それ、千晴から?」

「はい。片方しかないけど、どうしても今日つけたいと言われて」

叶人は花嫁控室へ向かった。千晴は彼の顔を見ると、カフスより先に鞄を見た。

「まだ持ってたんだ」

「俺の片方を、新郎に渡したのか」

「あなたのじゃない。私の部屋に落ちてたものだから、返そうと何度も連絡した」

「連絡は一度も来てない」

千晴が見せた送信履歴は、叶人の古い会社アドレス宛てだった。彼は転職直後で、そのアドレスを失っていた。彼女は返事がないことを、受け取り拒否だと思った。

新郎が静かに言った。

「僕がつけたいと言いました。千晴は捨てるつもりだったけれど、片方だけ残るのは、誰かが返事を待った証拠だと思ったので」

叶人は、自分が持つ片方を取り出した。裏面の小さな傷が左右でつながる。二つを並べると、一枚の波の模様になった。

「これを渡したら、二人の物になるな」

「返してくれなくていい」と千晴が言った。「それはあなたの就職祝いだから」

「片方だけじゃ使えない」

「思い出は、使うものじゃないよ」

呼び出しまで三分。叶人は迷った末、カフスを新郎へ差し出した。

「借りるだけにしてください。今日が終わったら、二つとも彼女が決めればいい」

新郎が左腕を伸ばす。叶人はシャツの穴へ金具を通し、裏側で留めた。右と左に分かれた銀の波が、同じ身体の袖口で揃う。

箱だけを鞄へ戻し、空のまま蓋を閉じた。