片方だけの手袋
鏡人形マヌが右手の剣を振り、茅野ホタルも同じ角度で受け止めた。
《装備同期》
鏡人形は、装備品が触れている部位の動きだけを複製します。
《片手の革手袋》
防御力:1
右手のみ装備。
対になる左手は紛失。
両手鎧の剣士は全身を真似され、一歩も優位を取れなかった。ホタルは右手だけに手袋をつけ、剣を握っている。マヌが写すのは右腕だけだ。
ホタルが剣を上げる。マヌも上げる。
その間に、装備のない左手を背後の解除盤へ伸ばす。マヌの左手は動かない。
あと十センチ。解除盤には《同期対象を停止》とある。押せば勝てる。
だがマヌの左手首に、同じ形の盤が埋め込まれているのが見えた。彼女は鏡なのではない。右手の動きを強制同期され、戦わせられている。
ホタルは解除盤を押さず、左手でマヌの左手を取った。
複製されない接触。
マヌの指が驚いたように震える。自分の意思で、ホタルの手を握り返した。
右手の剣はまだ同期している。ホタルが剣を落とすと、マヌも落とす。二人は左手をつないだまま、互いの手首の盤へ同時に触れた。
《同期解除》を二人で押す。
マヌは後ろへ下がらなかった。ホタルが一歩動いても、その場に残る。初めて鏡像ではない距離が生まれた。
攻略隊はボスが停止したと歓声を上げる。だがマヌは自分の左手を眺め、ゆっくり振った。誰の真似でもない挨拶だった。
《鏡人形討伐失敗》
《装備同期を解除》
マヌは左手で頬へ触れ、右手と違う速さで指を動かした。片方だけ遅れ、片方だけ震える。その不揃いさを、彼女は何度も確かめる。
「同じでないと、失敗だと思っていました」
ホタルは紛失した手袋を探さなかった。左右を揃えれば防御力は上がる。けれど空いた手があったから、武器ではなく相手へ触れられた。
二人は同じ方向ではなく、それぞれ別の出口へ歩き出した。
左右の足音は揃わなかった。そのずれが、二人いることを確かにした。ホタルは空いた左手を、もう武器で塞がなかった。
《独立動作を確認――欠けた手袋が残した素手だけが、複製ではない最初の握手を可能にしました》