片道切符は十二年
天城路セナは、十二年を払って火星へ渡った。
地球からの移民船は、燃料費ではなく寿命を徴収する。航行中の低温睡眠を維持するため、乗客の生体時間を船へ供給するのだ。若い者なら十二年、高齢者なら二十年以上。
セナは二十九歳だった。海面上昇で故郷を失い、難民区で暮らすより、火星の開拓都市を選んだ。
到着すると、予測死亡年齢は七十六から六十四になっていた。十二年を払った実感はない。眠って起きただけだった。
火星では教師が不足していた。セナは地球で保育士だったため、移民の子どもを集めた教室を任された。
子どもたちは地球を知らない。海を説明すると、「水が地面いっぱいにあるなんて危ない」と笑った。雨の音を聞かせると、屋根が壊れた音だと思った。
セナは腹を立てた。自分が十二年払って運んだ故郷を、子どもたちは昔話としてしか受け取らない。
彼女は教室に青い紙を敷き、砂をまき、故郷の地図を作らせた。だが子どもたちは海の上に家を描き、沈んだ町を浮かぶ島に変えた。
「違う。そこはもうないの」
セナが強く言うと、一人の子が尋ねた。
「先生は、ない場所のために十二年払ったの?」
答えられなかった。
その夜、セナは移民契約書を読み返した。十二年は運賃であり、地球を保存する料金ではない。彼女は未来へ来たのに、失った場所の博物館を作ろうとしていた。
翌日、子どもたちに地図を破らせた。
「今度は、ここから先を描こう」
子どもたちは火星の谷に水路を引き、透明な屋根の町を描いた。青い紙は海ではなく、まだ存在しない湖になった。
三十年後、セナは校長になった。予測死亡年齢まで残り五年。開拓都市には小さな人工湖ができ、最初の雨が降った。
教え子たちが湖畔へ彼女を連れ出した。水滴が屋根を叩き、懐かしい音がした。
「十二年、取り返せた?」
かつて質問した子が、今は都市技師になって聞いた。
セナは首を振った。
「払ったから、ここへ来た。取り返したら片道じゃなくなる」
彼女は火星の雨を、地球の代用品としてではなく初めて聞いた。
十二年分短い人生に、地球にはなかった一日が降っていた。