犬が選ぶ人
陸生は、犬に好かれる人だと思っていた。
施設の犬たちは彼を見ると静かになった。私は懐いているのだと思ったが、職員の一人だけが不自然に眉をひそめていた。
保護施設でボランティアをし、迷い犬を見れば立ち止まる。私の犬ニロにも、初対面で高価なおやつを買ってくれた。
なのに婚約してから、ニロは彼を避け始めた。
陸生が玄関を開けると、テーブルの下へ潜る。水も彼が部屋を出るまで飲まない。陸生は「葉純を取られると思って嫉妬してる」と笑い、私にしつけを任せた。
妙なのは、散歩から戻ると彼が右手の手袋だけ洗うことだった。もう一つ、ニロが吠えた直後には、私には聞こえない何かを確かめるようにポケットへ手を入れた。
私は犬の問題だと思った。
ニロが夜中に吐いた時、陸生は「注目を引きたいだけ」と片づけた。獣医へ連れていこうとすると、甘やかせば症状を覚えると止めた。それでも私が予約すると、当日の朝だけニロは元気になり、陸生は得意そうに笑った。診察を取り消した夜、ニロの首輪の内側に小さな赤い跡があるのを見つけたが、金具で擦れたのだと思った。
陸生は翌朝、新しい首輪を買って古い方を捨てた。「証拠みたいに残してもかわいそうだろ」と冗談を言った。その言葉だけが、あとになって耳の奥へ戻ってきた。結婚生活を邪魔するなら、施設へ戻すことも考えなければならない。陸生も「無理しなくていい」と優しく背中を押した。
譲渡の前夜、ニロが陸生の上着を引きずり落とした。ポケットから小さな機械が転がった。ボタンを押しても私には何も聞こえない。だがニロは腹を床につけ、失禁した。
超音波の訓練器具だった。
「危ない癖を直してあげてた」と陸生は言った。「君は甘やかすから」
施設の職員に確認すると、その器具は使用を禁止されていた。陸生は以前も、交際相手の犬を問題行動だとして手放させていた。
私はニロを抱き上げた。陸生は「犬と僕、どっちを選ぶの」と穏やかに尋ねた。
ニロが震えたのは音が鳴った時ではなく、彼がポケットへ手を入れた時だった。