猫人記者の眠らない珈琲
新聞街の食堂《夜活字》は、夕刊が刷り上がるまで灯を消さない。店主ダンテの珈琲は苦すぎると評判だったが、記者たちはその苦さを必要としていた。
ある夕方、猫人記者チセラが原稿束を抱えて飛び込んだ。耳は立っているのに、瞼がもう半分閉じている。
彼女は市長の救済金横流しを突き止めた。証拠もある。だが市長付きの術師に《日没眠り》をかけられ、陽が沈めば朝まで目覚めない。締切は夜の鐘。あと一刻で記事を書き切らなければ、証拠庫ごと処分される。
「眠気覚ましの魔法は呪いに弾かれた。残りは、飲み物に賭ける」
ダンテは《眠らない珈琲》を一杯だけ淹れた。深煎り豆に、日中の光を蓄える金色の陽種を一粒砕く。黒い液面の中央へ、小さな光が沈んだ。
「効くのは一刻。二杯飲んでも伸びない」
「一刻あれば、見出しまで書く」
チセラは砂糖も乳も入れず、一口飲んだ。苦みで髭がぴんと張る。二口目、沈みかけていた瞳孔に金の輪が戻った。窓の外で太陽が屋根の向こうへ消えても、彼女の頭上だけに昼の温度が残る。
卓へ原稿を広げ、羽ペンを走らせる。ダンテは追加の料理を勧めず、珈琲が冷めない位置へ杯を動かした。
一枚目、救済金の総額。二枚目、偽の受取印。三枚目、市長本人の署名。眠りの呪いが耳を垂らそうとするたび、チセラは珈琲を一口飲み、また文字へ戻る。
夜の鐘まで、あと十。
彼女は最後の見出しを書いた。
――眠っていたのは、金ではなく監査だった。
原稿を筒へ入れ、伝書梟の足へ結ぶ。窓から放つと、梟は印刷所の灯へ一直線に飛んだ。残った珈琲を飲み干した瞬間、陽種の光が消える。
「届いた」
そう言ってチセラは卓へ突っ伏し、規則正しい寝息を立てた。代金の銅貨と一緒に、《一面掲載なら年間契約》と書いた注文書が置かれている。
夜半、輪転機の轟音が町を揺らした。刷りたての号外が扉の下から差し込まれ、一面いっぱいに彼女の記事が載っていた。
翌朝、目を覚ましたチセラは号外を胸に抱き、空の杯を掲げた。
「追加注文。夜番記者三十人分」
その声と同時に扉の鈴が鳴り、外から活字のインクと眠そうな足音が流れ込んだ。