王の名を着る女
王冠から王の名を盗めば、一分間だけ、その名で出した命令はすべて現実になる。ただし一分後、王の名に向けられた憎しみは盗んだ者へ移る。
ラヴィネは玉座の背後へ回り、眠る王グラウスの冠へ指を差し入れた。
宴の薬が効くのは、あと三分。地下牢には、税を払えなかった村人と、戦を拒んだ兵士と、王を笑っただけの子どもがいる。夜明けには全員が処刑される。
冠の内側には、王の真名が金糸で縫われていた。
ラヴィネの妹も地下牢にいる。税の取り立てを拒み、村の子どもを庇っただけだった。面会で妹は「私一人のために無茶をしないで」と言った。だからラヴィネは、一人だけでなく、牢の全員を自由にすると決めた。
ラヴィネは小刀で糸を切り、自分の舌へ載せた。
熱い。
口の中で名が溶けた瞬間、広間の衛兵たちが一斉に跪いた。彼女の顔ではなく、名に従っている。
砂時計を返す。
「牢をすべて開けろ」
最初の砂が落ちる。扉の開く音が地下から響いた。
「処刑命令を焼け」
文官が巻物を火へ投げる。
「徴税兵を村から戻せ」
伝令が走る。
あと三十秒。
眠るグラウスが目を開けた。冠から名を奪われた王は、ただの老いた男の目で彼女を見た。
「時間が尽きれば、お前は私になる」
「姿までは変わらない」
「民の目には同じだ。母を殺された者も、家を焼かれた者も、私を憎むすべての者が、お前へ石を投げる」
ラヴィネは知っていた。
この一分で王を殺せと命じることもできる。だがその命令を出せば、憎しみだけでなく殺意まで自分へ返る。どのみち彼女は広間を生きて出られない。
残り十秒。
牢から解放された人々が、中庭へ流れ込む。歓声と怒号が混じる。
ラヴィネは最後の命令を選んだ。
「王グラウスの名を、今後いかなる者も継いではならない」
王が初めて怯えた。
砂時計の最後の粒が落ちる。
その一瞬、妹が中庭へ駆け込んできた。ラヴィネを見つけ、安堵に顔を崩す。けれど金糸の名が舌へ焼きつくと、妹の表情もまた、長年王へ向けてきたものへ変わった。
広間の視線が変わった。
中庭の女が、亡くした娘の名を叫びながら彼女を指さす。
「グラウス!」
ラヴィネの本当の名は、誰の怒りにも届かない。
最初の石が、解放した牢の方角から飛んできた。