王冠より先に空が伏した
「能力なし。戴冠式の床を汚すな」
摂政は霧島慧を、王宮広場の最下段へ突き落とした。
慧は一週間前、異世界人として召喚された。王子の即位を祝う余興で能力を示せと言われたが、鑑定冠は何も映さない。以来、式典用の旗を運ぶ下働きにされた。
新王が冠をかぶった瞬間、空が黒くなった。
骨鴉の群れが塔から飛び立つ。骸骨だけの低級魔物で、一羽なら農夫でも追い払える。だが数千羽が集まれば、翼音だけで人を気絶させる。広場の民衆は出口へ押し寄せた。
摂政は兵に命じた。
「民ごと射て。王を守れ」
弓隊がためらいながら弦を引く。
慧は骨鴉の首に、王家の命令紋が刻まれているのを見た。襲撃ではない。新王の恐怖を演出し、非常権限を摂政へ集めるための自作自演だ。
群れの中心には、歴代王の骨で作られた黒冠鴉がいる。王命を餌に成長する上位不死種。新王の冠とも黒い糸でつながっていた。
摂政がもう一度「射て」と叫ぶ。
慧は旗竿を地面へ立てた。
「その命令は、受け付けない」
一度だけ《不当命令拒絶》を発動する。
広場から、命令という形の力だけが消えた。
弓隊の指が弦から離れる。民衆を押さえていた兵の腕が下がる。骨鴉の命令紋が一斉に割れ、千の骸骨は白い羽毛へ変わって空へ散った。黒冠鴉は王座へ逃げようとしたが、つながっていた冠の命令まで拒絶され、音もなく消滅する。
新王の頭から偽冠が落ち、床で二つに割れた。
王権の強さを示す戴冠柱が、数値ではなく「承認なし」と刻んで崩れる。
広場が静まる中、幼い新王が玉座から立ち上がった。摂政に座っていろと命じられていた少年が、初めて自分の意思で階段を下りる。
「あなたは、僕の命令も拒めるのですか」
「不当なら」
慧の返事に、少年は安堵したように笑った。
摂政が兵へ逮捕を命じても、もう誰も従わない。新王は慧の前で冠のない頭を下げた。
その瞬間、広場を埋めた民衆も一斉に膝をついた。王冠へではない。王さえ止められる一人の下働きへ、国の未来を預けるように。