王妃教育の代金
王宮学院の修了式で、イサーク王子は費用一覧を壇上へ投げた。
「ウェンディア・キルマーレは王妃教育費を水増しし、国庫から奪った。婚約を破棄し、全額返還を命じる」
十か国語、法学、外交、救護。六年間の学びは、彼女の贅沢として並べ替えられていた。拍手する者までいる中、ウェンディアは修了証を折らなかった。
夜明け前から語学を学び、昼は議会記録を読み、夜は負傷兵の包帯を巻いた。故郷の祭にも妹の葬儀にも帰れず、『未来の王妃に私情は不要』という王家の命令に従った。イサークは一度も教室へ来ず、成果だけを自分の治世の備えと呼んだ。
修了直前、彼は若い恋人を王妃にすると決めたらしい。それだけならウェンディアも去れた。だが六年分の奉仕を横領へ変え、返還名目で実家まで潰そうとした。その瞬間、悲しみより計算のほうが先に立った。
「婚約契約第二十一条を、お読みになりましたか」
「教育費を出したのは王家だ。君に発言権はない」
学院長マウリツィオが、入学時に交わした婚約契約を開いた。第二十一条――王妃教育は王家への先行役務とし、根拠なく花婿が婚約を解消した場合、その固定額を花嫁へ報酬として支払う。
条文は、今告げられた婚約破棄を受けて金額を示した。
『王家がウェンディアへ支払うべき報酬、金貨六万枚』
契約は学んだ時間を贅沢ではなく労働として数えていた。王子が消そうとした六年間が、彼の宣言一つで彼女自身の資産へ変わった。
水増ししたとされた額と、寸分違わなかった。
「返すのは、わたくしではなく殿下です」
「婚約破棄は撤回する! ならば支払い義務も消える」
イサークが慌てて手を伸ばす。
ウェンディアは修了証を胸に抱き、指輪だけを費用一覧へ置いた。
「六年を無かったことにする権利は、あなたにも契約にもございません。破棄は受諾します」
元婚約者へ背を向ける。マウリツィオが学院の門で、卒業生へ向ける手を差し出した。ウェンディアは王妃席ではなく自分の仕事を選び、その手を取った。