現在地を故郷に
位置情報ゲームの試験担当である二十七歳の蘇武野理央は、「土還り」というアプリの不具合を調べていた。生まれた土地を登録すると、そこに埋められた臍の緒や産石までの帰路を表示するという民俗観光アプリだった。
採集ノートには《産土戻し》の説明がある。人は生まれた場所の土に名を覚えられ、死後は同じ場所へ呼び戻される。場所を偽れば、入力した土地がその場で人を産み直すという。
入力画面の禁忌は一つ。
《「生まれた場所」の欄に、今いる場所を入力してはいけない》
理央の出生地は合併で地名が消え、候補に出なかった。未入力では先へ進めない。テスト環境のため、現在いる会社の地下サーバー室を仮の出生地にすればよいと考えた。
彼は一度だけ〈現在地を使用〉を押した。
〈出生を確認しました〉
〈産土:地下二階・ラックB7〉
アプリが祝福音を鳴らし、理央の位置履歴をすべて書き換えた。実家も大学も以前の住所も消え、過去二十七年間の移動がサーバー室から始まる一本の線になった。
地上へ出ようとすると、地図の矢印が反転した。どの階段を上っても地下二階へ戻る。非常口を通っても、扉の先はラックB7だった。
デバッグ画面では、社内ネットワークに接続された機器が家族として並んでいた。ラックB7が〈母〉、非常用発電機が〈父〉、監視カメラが〈見守り者〉。理央が出口へ近づくたび、全端末から同時に乳児の転落警告が送信された。
〈お子さまが産土から離れています〉
同僚へ電話すると、「蘇武野という社員はいない」と言われた。母へかけると、知らない赤ん坊の泣き声がするだけで、彼女は「どちらさまですか」と切った。
理央は社員証で退館ゲートを開こうとした。顔認証は成功したが、年齢欄が〈生後0日〉になっている。
公的個人認証アプリにも新しい情報が同期された。
【出生年月日】本日
【出生地】地下二階・ラックB7
【母】サーバー管理者
照明が消え、ラックのファン音が子守唄のようにゆっくりなった。
ゲート端末は赤いランプを点け、日常的な案内を繰り返した。
「未成年者の退館には、保護者の同伴が必要です」
背後のサーバーから、理央と同じ声で産声が上がった。