産科病棟の密会

 久宝寺苑架は、恋人の萩荘由羅が産科病棟へ通っていると知った。

 しかも受付では偽名を使い、毎回、大きな鞄を抱えている。

 苑架は病院の廊下で彼を待ち伏せた。

「由羅」

「どうしてここに」

「それは私が聞く。誰のお見舞い?」

「言えない」

「相手は妊娠してるの?」

「してる人もいる」

「複数?」

「日によって違う」

「何人いるの」

「今月は十二人くらい」

 苑架は壁に手をついた。

「あなた、いつからそんな」

「二年前」

「私とつき合う前から?」

「むしろ君とつき合って始めた」

「私が原因?」

「君が『人を笑顔にする仕事が向いてる』って」

「その結論が十二股?」

「股って言い方はやめろ。みんな大変なんだ」

「偽名は何」

「ユラリン」

「かわいく隠した!」

「本名では雰囲気が出ない」

「大きな鞄には何が」

「衣装と小道具」

「病室で着替えるの?」

「準備室で」

「どんな衣装」

「黄色い上着、縞のズボン、赤い鼻」

 苑架が瞬いた。

 病室の扉が開き、看護師が顔を出す。

「ユラリンさん、双子ちゃんのところお願いします。お母さんが術後で沈んでいて」

 由羅は鞄から赤い鼻を取り出した。

 彼は病院ボランティアのクリニクラウンだった。出産後の母親や入院中のきょうだいを訪ね、手品や風船で笑わせている。個人情報保護のため、誰に会ったかは話せず、活動名で出入りしていた。

「妊娠してる人もいる」

「出産前の病室も回る」

「今月十二人」

「担当した家族」

「私とつき合って始めた」

「君の一言で応募した」

 苑架は赤い鼻を見つめた。

「最初から道化師って言えばいいのに」

「君、ピエロが怖いって言ってただろ」

「浮気男より怖くない」

 由羅は赤い鼻をつけた。

「本当に?」

 苑架は三歩下がった。

「訂正。廊下では外して」

 病室の中から子どもの笑い声がした。

 苑架は由羅の背中を押した。

「行って。十二股、待ってるわよ」

 由羅が病室へ入る直前、看護師が苑架にも風船を渡した。

「恋人役も募集しています」

「何をするんです?」

「ユラリンの転倒に笑わず耐える役です」

「それは難役ですね」