白い筋を取る
母の頼みは、みかんを四つ剥くことだった。
「一つずつ容器に入れて、冷蔵庫の上の段へ」
千代崎杏は、果物籠からみかんを選んだ。大きさのそろったものが六つあり、どれが甘いか分からない。
「誰が食べるの?」
「あなたと、お父さんと、妹。もう一つは予備」
母は答えた。自分の分を数えていないことに、杏は触れなかった。訪問医が帰ったばかりで、部屋にはまだ消毒液の匂いが残っている。
台所のテーブルに四つを並べた。透明な容器も四つ出し、蓋と本体が合うよう色をそろえた。母は白い筋をきれいに取る人だった。子どものころ、杏が途中で飽きて丸ごと渡すと、薄皮を傷つけずに一本ずつ取ってくれた。
妹は白い筋が残っていると食べず、父は気にしない。母は二人の分を同じように剥き、誰の容器が丁寧か分からないようにした。
一つ目の皮を剥く。爪の間に香りが入り、汁が飛んだ。白い筋は思ったより多い。太いものだけ取って容器へ入れようとすると、居間から母の声がした。
「ちゃんと細いのも」
「見えてるの?」
「見えなくても分かる」
杏は笑い、細い筋を探した。房の背に沿って、糸のような白さが残っている。爪を立てると薄皮まで破れ、汁が指へ流れた。その房は自分の容器へ入れることにした。
二つ目、三つ目と剥くうち、テーブルに皮の山ができた。母は途中で咳をし、そのあとは静かになった。杏は居間を見に行かなかった。今は頼まれた数を終わらせる。
四つ目は皮が固く、へたの周りから割れた。房も一つ潰れた。杏は予備の一個を取り、最初から剥き直した。
透明な容器を四つ並べる。父のものは大きい房、妹のものは小さい房、自分のものには破れた房を入れた。予備だけは、形がいちばんそろっている。
母の分を作らない代わりに予備と書くことが、杏にはまだできなかった。付箋には何も書かず、四つ目だけ白いままにした。
蓋を閉じ、冷蔵庫の上段へ横一列に置く。奥では見えなくなるので、名前を書いた付箋を手前へ貼った。
最後の容器から、白い筋が一本だけ蓋にはみ出していた。杏は蓋を開けてそれをつまみ取り、もう一度、四辺を押して閉じた。