百年動かぬ石が空を飛ぶ

見知らぬ異世界へ転移した葛城征士の冒険者登録試験は、力試しの石柱を持ち上げることだった。

柱は床から一本で生え、高さは人の三倍。百年前の英雄が指一本分浮かせて以来、誰も動かしていない。征士の鑑定値は《筋力8》《魔力0》だった。

「魔力ゼロ。その細腕では、石より先に腰が砕けるぞ」

試験官が笑い、見物人へ離れるよう合図した。

征士には、柱から地下へ伸びる巨大な輪郭が見えていた。

《重量剥離》

対象一つから、重さという性質を一度だけ取り去る。

石柱だけを対象にすれば、簡単に合格できる。一度きりの力を試験の点数へ使うには、地下から聞こえる軋みがあまりに大きかった。けれど表示される対象名は《試験石柱》ではない。

《天航船アルカ・ノア係留杭》

《船体位置・ギルドおよび旧市街全域の地下》

この街は、古代の空飛ぶ船の上に築かれていた。石柱は船を地面へ縫い止める杭だ。百年動かなかったのは重いからではなく、都市を守るため固定されていたからだろう。

その瞬間、地下から崩落音が響いた。

ギルドが許可した無理な鉱山開発で船体の浮力炉が暴走し、旧市街が沈み始める。壁に亀裂が走り、柱が床へ食い込む。試験官が逃げろと叫ぶ中、征士は杭ではなく、視界いっぱいに広がる対象名へ触れた。

「船体だけなら、街は乗ったままですね」

《重量剥離》を使う。

沈下が止まった。

次に、ギルドの窓の外で地平線が下がった。

石畳も家々も崩れない。旧市街全体を載せた銀色の船体が土を押し分け、ゆっくり空へ浮かび上がっている。泥が滝となって落ち、埋もれていた翼が朝日を反射した。百年動かなかった石柱は、征士が指を添えただけで、羽根のように傾く。

地上へ出た船底から、失われた古代文字が青く灯る。王都中の鐘が鳴る。

古代船を研究してきた王立技師長が、揺れの消えた階段を駆け下りた。窓の向こうの翼を見た彼は帽子を脱ぎ、征士へ敬礼する。

「我々は石を持ち上げろと言った。君は街を持ち上げたのか」

試験官の笑いは、雲より下へ置き去りにされていた。