監察官の被疑者

「不正アクセスを認めるか」

浜路颯子は、自分が何度も使ってきた監察聴取室の椅子に座っていた。

向かいには、恩師である川喜田慎吾監察本部長。颯子は閉鎖済みの申告ファイルへ無断で入り、内部資料を複製した疑いをかけられている。事実だった。五年間で二十七件の警察官への告発が、同じ理由――「申告者の撤回」――で消えていると気づいたからだ。

「認めます」

川喜田は安堵したように供述書を滑らせた。

「自主退職なら、刑事事件にはしない。複製も返せ」

「撤回録音は全部、同じ端末で作られていました」

「質問にだけ答えろ」

「本部長の端末です」

鏡の向こうで誰かが動いた。

颯子は机上の認証履歴を指した。二十七件とも、申告者が撤回した時刻に川喜田の職員証が使われている。さらに、颯子が不正アクセスしたとされる夜も、彼女の認証情報は二か所で同時に使われていた。一方は彼女の端末、もう一方は川喜田の執務室。移動に必要な時間は、記録上ゼロ秒だった。

「私のカードを複製しましたね」

川喜田は笑わなかった。

「監察官には、相手の権限を試すことがある」

「私を被疑者にして、複製データを回収するためですか」

「君を守るためだ。二十七件を開けば、署長、刑事部長、本部長経験者まで対象になる。監察が不正を閉じてきたと認めれば、県警は自浄能力を失う」

「もう失っています」

「公表した瞬間に失うんだ」

川喜田は供述書の署名欄を叩いた。

「君が辞めれば、不正アクセスした一人の暴走で終わる。君の部下も、家族も守れる。正義を選べば、監察全員を敵に回すぞ」

颯子はペンを取った。川喜田の口元が緩む。

彼女は被疑者欄の自分の名に線を引き、用紙上部の「申告者」に丸をつけた。申告内容へ、認証情報複製、申告強要、組織的隠蔽と書く。

「何をしている」

「立場を訂正しています」

颯子は自分の警察手帳を机へ置いた。その下から、二十七件の認証履歴を記録した媒体を出す。

録音機の赤灯を見ながら、告発者として署名した。