盾に残った黒い勝利
ハロルドの白盾には、落ちない黒い染みがあった。
明日は騎士団の昇格式。純白の盾を掲げる決まりなのに、中央を覆う染みは洗っても削っても広がる。団では「敵の血を怖がって盾の後ろに隠れた跡」と嘲られ、汚れたままなら候補から外すと言われた。磨き粉を変えるたび染みは濃くなり、今朝には騎士団章まで覆った。ハロルド自身も、あの戦いで何をしたか自信を失いかけていた。毒霧の中では視界がなく、ただ仲間の咳を背に、盾を地面へ突き立てていただけだったからだ。
修理師コルネは、洗浄液を出さなかった。
染みへ銀針を近づけると、先端が紫に変わる。
「血ではありません。沼竜の毒です」
先月の討伐で、ハロルドは仲間へ吐かれた毒霧を盾で受けた。白盾には有害な魔力を吸収する層があり、限界まで毒を抱えたため黒くなっていた。汚れではなく、守った量そのものだった。
「なら、捨てるしかないのか」
「吐き出させます。ただし、証拠は残します」
コルネは盾の縁へ透明な排毒晶を一つ取りつけた。中央の染みから細い黒線が流れ、晶の中へ吸われていく。店内の花がしおれるほど濃い毒だった。
最後の一滴が抜けると、盾は白へ戻った。
ただし中央には、毒に反応して浮かんだ金色の紋が残る。《七名防護》。この盾が同時に七人分の致死毒を受け止めた記録だ。金紋の周囲には七つの小さな光点が並び、守られた人数を数えるように順番に灯った。
ハロルドは言葉を失い、紋へ指を置いた。
「俺は、隠れていたんじゃない」
「盾の正しい場所に立っていました」
コルネは排毒晶を封印箱へ入れ、修理証明を一枚添えた。式で染みの理由を問われても、毒と記録が答える。
ハロルドは昇格祝いに取っていた金貨を全部置いた。
「まだ昇格すると決まっていません」
「決めるのは団だ。でもこの代金は、俺が自分に払う」
白盾を背負い、堂々と出ていく。扉の外で朝日が金紋を照らした。
ほどなくベルが鳴り、今度は傷だらけの兜が敷居に現れた。